一日千秋の思いでやっと一日を終え、また朝がやってくる。ふたたび待つ。ひたすら待つ。待ち続ける。ただ待って、途切れかけるのを必死で信じて待って、待って待って待って。膝を抱えて。だんだんと朽ちてゆく処刑場と体のなれの果てを薄れた記憶に上書きして。あんなに人がいたんだ、誰かひとりくらいは俺の体を……腕一本だけでもいい、頭だけでもいい、胸に抱いて涙を落としてくれると。たとえ嘘でも、俺は幸せなのだろうと。ただそれだけを信じて、待って、忘れて、待って――。
「なるほど、公爵様の幽霊ってわけね」
ドラキュラは何を納得したのか、一人頷いていた。
「領民は?町はどんな様子だった」
まだ来ないのか。まだ待つのか。まだ苦しめというのか。もうわかったよ、十分だよ。俺が悪者なんだろう。
「……誰もいないよ。だってここもう滅びた国だし」
あぁ、そうか。
うすうすわかっていたような事だった。兵士が俺の城に溜め込んであった食料や金品を持ち出していく音や声が聞こえていた。そう、誰も俺に見向きしなかった。誰も俺の事なんか口にしなかった。それが信じたくなかっただけだ。俺ってなんてバカなんだ。
「そうとも知らずにここで待っていたとはな。ははははは!」
俺は額に手のひらを当てて、処刑場に響き渡るほど大きな声で笑った。
「はは、は……。……ッ」
唇が震えた。一本のわらにも、絹糸にも等しい希望がぷつんと途絶えたのがわかった。耐えきれず、上を向く。
「我ながら、本当に……愚かだ……」
両目を手のひらで覆った。胸が苦しくなった。もう俺は永遠に十字架につながれたままなんだ。
「私がもうちょっと早くについていれば、お前を降ろしてやれたんだが」
「ふん、綺麗事を」
今度は何を待っていればいいんだろう。今度はいつ誰が来るのだろう。その時にここはあるのだろうか。俺はいったい誰に――。
「ダメだな、触れないや」
不意に、その声が近くで聞こえた。何回か瞬きをして、涙を目になじませる。目の上から手をどけた。
「気安く近づくな!」
ドラキュラが俺の肩に触ろうと手を近づけている。しかし、手はすんなりと俺の体を突き抜けた。触られることも許されないのか……。ふと俺が目を伏せると、頭に大きな手が被さった。
もちろん風を切っただけだったが、それだけでこいつと父の姿を重ねた。もう顔も忘れてしまったのに。俺のせいで死んだのに。
「いい加減素直になれ」
奴は撫でるように手を動かしながら、優しく言った。
「強がりはもういい」
こんな奴、俺の父さんに全然そっくりじゃない。全然そっくりじゃないのに――負けそうだ。どうして、どうしてこいつは俺のことを嫌わない。
「他人のくせになれなれしいんだよぉ」
あぁ、どうしてこんなにうれしいんだ。俺もただの子供に過ぎないのか。俺はとうとう顔を覆った。どうしてこんな言葉だけで……。俺が、この俺様が無様に他人の前で泣くなんて。
「何が怖い。何がそんなに悲しいんだ」
文にならない拙い言葉で心の内をぶちまけて、真っ白になった頭でおぼろげな記憶をたどった。破り取られたように忘れてしまった事がつらかった。ドラキュラは俺が泣き顔を見られたくないことを悟ったのか、ただ前だけを向いて黙っていた。
何分経ったんだろう。時間を短く感じたのは遠い昔以来だった。
「……」
俺は膝を抱えて、顔をうずめて黙っていた。ずっと黙っていたドラキュラが言った。
「よしよし、よく頑張ったな」
頑張っていたのかどうかよくわからないが、その一言だけが妙に温かかった。また頭を撫でられていたことには気づかなかった。
「他人のくせに、俺様の何がわかるっていうんだ」
俺は枯れた声でつぶやいた。
「分かんないよ?だが」
そこでいったん言葉が途切れる。
「目の前に今にも泣きそうな子供がいたらそっと支えてやるのが大人ってもんだ」
「俺様は泣いてなんかないぞ」
「そうでした」
ドラキュラの苦笑が聞こえ、次に砂をこする音。俺は顔を上げた。
「月がきれいっすねー……」
俺は腰を上げたドラキュラにつられ、上を見上げた。これまでに何度も何度も見てきた夜空が広がっていた。静けさが嫌だった。
「お前さ、どうせ暇人なんだろ?」
「何をたわけたことを」
俺はそう吐き捨て、地面に目を落とした。こいつがいつまでもここにとどまっているわけがない。俺はまた一人になる。そして、絶対に来ないとわかっている何かを待つのだ。
「私も独り身でさぁ。なんていうの?寂しいんだよね」
ドラキュラが俺を見下ろした。真っ赤な瞳が光って見えた。
「回りくどいな。言いたいことを率直に言わないと呪うぞ」
「私の息子になれよ」
俺は鼻を鳴らしたが、少し考えて、目を見張った。
「何と言った」
ドラキュラがくすっと笑う。
「私がパパになってやるって言ってんだよ」
「悪い冗談はよしてくれ」
俺は唇を尖らせた。
「こんな面白くない冗談ってあるか?……私子供が欲しかったんだよね」
ドラキュラが背中に手を回し、嬉しそうに言う。
「幽霊の息子っていうのも個性的だよな」
「俺様はグルメだぞ」
「え?なんか食べれるの?」
「……わがままだぞ」
「知ってるって」
俺は黙った。
「そんなにも頼み込まれたら頷くほかない。仕方ないから息子になってやってもいい」
あからさまに喜ぶのはためらわれた。そっぽを向きながらつぶやく。
「よし!」
ドラキュラが威勢よく言った。
「育てるからには名前をやらないとな。……名無しのゴンベエだからゴンベエなんてどう?」
「もう少しカッコいい名前はないのか。貴様のネーミングセンスを疑うな。だがせっかくもらったものを捨てるわけにはいかん。俺様が慈悲深いから仕方なくお前の考えた名前を採用する」
俺が言うと、ドラキュラはにっと笑った。
「よろしくなゴンベエ!」
――ゴンベエ、俺はゴンベエ。
処刑場を外から見るところはかなり懐かしい風景だった。門が開いたままのそこは、処刑場というより鍵の開いた鳥籠に見えた。俺はもう、待たなくていいんだ。きっとそうだ。
なぁ、そうだろう?
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続く→ヾ(@°▽°@)ノ
ゴーストの系譜シリーズ
ちょっとグロい。ゴンベエが死んでます。見るに堪えないほどではないです
途中で切れてしまった伯爵との出会い