21「 手の痛み 」
* へバーデンとブシャール *
その名前を耳にするたび、清流は決まって深い森に取り残された兄妹や、あるいは鏡の向こう側に消えていった二重人格の男のことを思い出す。ヘンデルとグレーテル、あるいはジキルとハイド。しかしここは整形外科の診察室で、幻想的な物語の中ではない。それは指の第一関節と第二関節が、歪み痛み始めるという物語だ。
「清流先生、第一関節が腫れて痛むんです」
そう言って清流の前に座ったのは、赤田さんという60歳代の女性で、なんだかキビキビとした印象を与える人だった。
「結構、手を使いますか?」と清流は尋ねた。
「家事もそうですが、草取りとか、裁縫とか。じっとしているのが、どうにも苦手で」
「これはへバーデン結節っていいます」と清流は説明した。「体質や年齢の問題もありますが、率直に言えば、使いすぎです」
赤田さんは自分の指を見つめ、それから清流を見直した。
「節が太くなるのは、ただ指輪が入らないだけですけど、ただ、動かすと痛くて。これ、湿布で治りますか?」
「湿布は、あまり役に立ちません」と清流は言った。そして「痛み止めは効きが悪いし、ちょっとやりすぎ」と付け加えた。
「ところでどんな時に痛みます?」
「裁縫や草取りの時ですね」
清流は一息置いて、
「一番のおすすめは、作業の時だけにテーピングを巻くことです。終わったら、テーピングは除けても大丈夫です。それと作業は小分けに、いろいろな作業を織り交ぜることも大事です」
赤田さんは、すかさず
「これからもずっと痛みが続くのですか?」と質問してくる。
「そのうち、軟骨が擦り切れて無くなったら関節は完全に固定されます。そうなれば、痛みは消えます」
清流はレントゲン写真の、隙間が無くなった関節を指差したとき、彷徨う赤田さんの視線を確かに感じた。
「関節がグラつくから痛むんです」と清流は補足し、
「動かなくなってしまえば、痛みは無くなります。テーピングは、それを疑似体験するみたいなものです」と続けた。
「なるほど、そういう理屈ですね。手術とかは無いのですか?」
「手術方法もありますが、結局関節の軟骨を削って金属で関節を固定する方法で、これも安定するまで数か月かかります」
赤田さんは、なるほどと納得して、今後はテーピングなどを利用して生活するといい帰宅した。
* ばね指 *
手と足の疾患数は同じようなものだが、外来で遭遇するのは圧倒的に「手」のトラブルの方が多い。手はあまりに繊細で、おまけに常に視界に入っている。そして何より、脊髄から伸びる神経細胞の密度が、足のそれとは比較にならないほど濃密なのだ。
「先生、中指が引っかかるんだ」と木田さんは言った。がっちりとした体格の、60歳代の男性だ。
「ばね指ですね。指を曲げるスジが通るトンネルが、狭くなっているんです」
「毎朝、指が伸びなくてね。無理に伸ばすと痛いし、車のハンドルを握るたびに、嫌な引っかかりを感じるんだ」
「いつからですか?」
「3週間前だよ。庭の植木を、3日間ずっと剪定したんだよ」
清流は木田さんに、物事を一生懸命やりすぎることの弊害について話した。
「一生懸命やると、トンネルの中に炎症が起きます。無理をしなければ、数週間で静まるはずです。何事も、ぼちぼちやるのが一番ですよ。いろいろな作業を織り交ぜて、一点に負荷をかけないように」
「もし良くならなければ?」
「その時は、手術という選択肢もあります」
木田さんは「その時はよろしく」と言い、少し安心したように笑った。
* ドゥッケルバン症候群 *
手には数多くのスジが走り、それぞれがいくつものトンネルを潜り抜けている。トンネルがあれば、そこには渋滞や事故が生まれるのが常だ。
佐々木さんは20歳代前半の女性だ。その若さで整形外科を訪れるのは、少し珍しい。
「手首のここが痛くて、仕事にならないんです。腫れてるでしょう?」
清流は佐々木さんの親指を中に入れて握らせ、手首を小指側へ倒した。“フィンケルシュタインテスト”だ。
「痛いっ!」
佐々木さんは清流の手を振り払い、傷ついた動物のような目で清流を睨んだ。このテストをするときは、相手の信頼を失わないよう細心の注意が必要なのだ。それほど痛いらしい。
「ドゥッケルバン症候群です。親指のスジが使いすぎで悲鳴をあげているんです」
「半年前からなんです。前の病院で3回も注射をしたけれど、すぐに痛みが戻ってくるんです」
佐々木さんは幼稚園の先生だった。子供を抱き、おむつを替える。その日常の動作が、佐々木さんの手首に負担をかけていた。聞けば、すでに2か月も休職しているという。
「注射はやめましょう。これ以上打つと、スジが断裂する恐れがあります」と清流は告げた。
「あなたの年齢でこれだけ長引くのは、おそらくトンネルの中に、余計な『壁』があるタイプです」
「壁?」
「通常は2本のスジが1つのトンネルの中を通っていますが、佐々木さんの場合、トンネルの中に仕切りがあって2つに分かれてるんです。もしそのパターンなら、注射みたいな保存的な治療はあまり効きません。壁を取り払う手術をして、早く仕事に戻るのが、あなたにとっては一番の近道です」
佐々木さんはすぐに手術を希望し、清流は手の専門医を紹介した。
3週間後、消毒のために訪れた佐々木さんは、見違えるような笑顔を見せた。
「手術のあと数日は痛みましたけど、もう平気です。こんなに早く楽になるなら、もっと早くすればよかった」
佐々木さんは、執刀医から「スジが切れかかっていた」と言われたという。
保存的治療と手術。その境界線を見極めるのは、いつだって綱渡りのような危うさを孕んでいる。
* 経験値 *
整形の教科書には、いろんな疾患名とその治療法が記載されている。保存か、手術か。しかし、その「どちらを選ぶべきか」という決定的なタイミングは、どこにも書かれていない。
若い頃、清流はカンファレンスでいつも戸惑っていた。
「これは手術するのか?」「これは手術をしないのか?」
ベテラン医師たちの問いに、清流は明確な答えを持てなかった。
十数年という歳月は、清流にたくさんの経験を与えてくれ、次第に戸惑うことは減った。それでも、手術を拒んだ患者のその後や、予期せぬ経過を辿る症例を見るたびに、清流は自分のなかの「常識」を、まるで古いOSをアップデートするように書き換えなければならないと感じる。そして、学会へ行けば、目新しい知見が溢れ、感銘を受けることもあれば、結局のところ、本質は何一つ変わっていないのだという虚無感に囚われることもある。結局のところ、清流にできるのは、目の前の症例を一つずつ、丁寧に、注意深く見つめることだけなのだ。
庭には甘いジャスミンの香りが立ち込めている。そこには、今年も夏みかんの花が咲いている。季節が巡り、またいつもの春がやってくる。その静かな反復だけが、清流の心を静かに、穏やかな場所へと繋ぎ止めてくれる。