薬の発売当初は誰も処方経験がないので、製薬会社営業担当者や御用学者の言うとおりに処方する傾向にあります。もちろん宣伝通りの効果がある薬もありますが期待外れの薬もあり、中には費用対効果が疑わしいものもあります。私が医師になったころ製薬会社営業担当者は、ボルタレンやロキソニンなどの痛み止めを盛んに宣伝し、また痛み止めによる消化管障害予防のために、胃薬のセット処方を強く勧められました。数年後には抗生剤(注射剤)の営業接待が激化し、術後一週間は当たり前、念のため術前から投与開始を勧められました。次のプロモーション薬は骨粗鬆症薬で、SERM選択的エストロゲン受容体修飾薬)剤、活性型ビタミンD製剤、ビスフォスフォネート製剤、副甲状腺ホルモン(PTH)製剤と新しい製剤がどんどん出るたびに、営業接待が繰り返されました。次は関節リウマチ治療薬の生物学的製剤で、効果が高く夢のような薬ともてはやされ営業接待は最高潮でした。しかし高価な薬剤ですから費用対効果問題が懸念されます。最後は整形外科医の仕事が無くなるとまで言われた“慢性疼痛”に対する痛み止めです。知り合いのDrは全国でも有数の処方数となり、その営業担当者は会社からフランス旅行のプレゼントがあったと聞きます。 


<痛み止め>

ロキソニンやボルタレンに代表される非ステロイド性解熱鎮痛剤(NSAIDs)は、ちょっと痛みがあれば簡単に投与され、現在CMでも頻繁に宣伝され薬局で気軽に買える薬です。その後、夢の薬としてプレガバリンが発売されました。この薬を売るために“慢性疼痛”という概念が作られ、このころから“痛み”研究が盛んになり、侵害性受容性疼痛と神経障害性疼痛という分類が生まれました。人間というものは、いままであやふやだったことが分類されるとあっさり信用する癖があり、私も“痛み”というものを完全に理解できた気がしていました。いろいろな動物実験結果もこれらを説明する材料として上手に使われ、ほぼすべての整形外科医が「これから痛みは完全にコントロール出来る」と確信したものです。その後、二匹目のドジョウを狙いトラマドールやミロガバリンなどが発売され、あれがダメならコレ、これがダメならアレ、それでもダメなら倍量と、多くの整形外科医が競うように、さらに整形外科医を見習い他科医師も処方し始めました。当初は痛みが3か月続く慢性疼痛用の薬剤でしたが、今となっては普通の痛み止めと同じタイミングで我先にと処方されています。そして痛みに苦しむ患者が減ったかと言えばそうではなく、むしろ乱用によっていろいろなトラブルが生じています。今となっては製薬会社にうまく乗らされた気がしています。


<胃薬>

今思えば、「NSAIDsは消化器障害を来すから胃薬をセットに処方させよう」という製薬会社営業戦略にぴったりと嵌っていたのでしょう。その後、患者側も「痛み止めを飲むなら胃薬もセットで飲まないと胃が悪くなる」と医者に洗脳され、今では患者が胃薬を希望するようになりました。また胃薬も所詮化学物質ですから、胃薬でも胃が悪くなり得ます。この医師と患者の頭にこびりついたセット思考は、ポリファーマシーを引き起こす一因です。


<抗生剤>

30年前、世間はバブルが弾けたころでしたが、医療分野での接待攻勢はすさまじいものがありました。上級医の言われるままに接待を受け、営業マンの言うままに抗生剤をオーダーしていました。訴訟対策にちょっとした傷でも抗生剤投与、手術前後に抗生剤一週間投与、ちょっと熱が出たら原因特定せず抗生剤延長の時代を生きてきました。しかし世間で耐性菌問題や院内感染問題がクローズアップされると、次第に抗生剤長期投与は“罪”のような雰囲気となり、極力抗生剤を減らす方向に舵が切られました。今となっては抗生剤を出す量、期間はかなり縮小し術後3日程度となり、ちょっとした傷なら内服無しという症例も増えています。実際それで感染症が増えたかといえば、そのような報告はありません。人間の身体は化学物質を使わなくても、ちゃんと自分で自分の身体を防御していることがよく分かる事例です。しかし、ほぼジェネリックで利益率の低い抗生剤は現在品薄となり、医療現場で問題となっています。


<骨粗鬆症薬>

骨粗鬆症治療は30年前から本格的に始まり、SERM剤(選択的エストロゲン受容体調整薬)、ビスフォスフォネート製剤、活性型ビタミンD3製剤などがあります。それぞれ一長一短ですが、SERM剤は当初から骨密度維持する程度の効果と言われ、やはりその通りで現在の処方数はかなり少ない状況です。ビスフォスフォネート製剤で顎骨壊死のリスクが上昇することが報告されて以降、歯科医が抜歯を拒否する例が増え、抜歯難民は骨粗鬆症治療を中止し骨折を繰り返す例が増えました。顎骨壊死のリスクよりも骨折のリスクが高いにもかかわらず、恐怖心は正常な判断を誤らせます。また3か月休薬すれば顎骨壊死のリスクが下がるという報告があり(どうやら発信源はアメリカ)、みんなが3か月ルールで骨粗鬆症治療を休止して歯科治療を行っていましたが、近年の研究で3か月ルールに根拠がないことが分かり、やはり休薬のデメリットが投薬のメリットを上回ることが判明しました。20年近くなんだかんだ言われていたことが、検討会が立ち上がり一から再検証したことでようやく解決しました当初からメリットがデメリットを上回ると信じ孤軍奮闘しましたが、世間の常識を覆すことは出来ず流されてきました。近年ではPTH(副甲状腺ホルモン)製剤が発売されましたが、高額であることから自己負担額の大きい若年者には使用しにくい状況です。また骨折患者の手術後に短期間投与されるグレーな処方例が増えています。これも製薬会社の入れ知恵でしょうか?


<リウマチ治療薬>

関節リウマチの新薬は約25年前に開発され、それまでに多用されていたステロイド剤は駆逐されると思っていました。確かに新薬の効果は怖いくらい絶大でしたが、値段が高いので3割負担で扶養家族がいる若年者ほど新薬治療を躊躇します。基本的に若年者であれば罹病期間が長くなる傾向があり、一旦関節が変形すると取り返しがつかないので、若年者ほど新薬を使うべきです。1割負担の高齢者より3割負担の若年者が使いにくいことは、非常に矛盾を感じます。またかなりの免疫抑制作用がありCRPなどの炎症反応が抑えられ、感染症を引き起こしても症状が出にくく重症化しやすいので、体調変化に十分注意し定期的な血液検査フォローが重要です。20年以上使用した結果、高齢者にはやや効果が強すぎるので、微調整しやすく安価なステロイド剤内服に落ち着く傾向にあります


近年、整形領域の新薬は開発されておらず、薬物治療に関しては行き着いている感があります。その影響もあって製薬メーカーの接待はもちろん、製薬会社主催の学会は縮小または統合され、ランチョンセミナーの弁当も縮小しています。しかし最近の若者は医師になったときからこの状態で、特に不便も無く普通に過ごしているところを見ると、製薬業界に飼い慣らされた中高年医師の卑しさが身に沁みます(反省)。

 

次回は「正直整形外科の患者層変化」です