私が医師になった1990年代、脳循環代謝改善薬「アバン」「カラン」が広く使われ年間1000億円以上もの売り上げがあだれもかれもが飲んでいた記憶があります。その後改め評価すると効果が確認できず、これらの脳循環代謝改善薬は承認を取り消され、たった年で見かけることが無くなりました。どうやら人間が持つ本来の自然回復能力を薬効果だと誤認する、「使った、治った、だから効いた」という典型的な「3た論法」に陥っていたようです。この誤りは医療業界の共通認識となっているのですが、いまだに多分野の薬剤で同様の事案が生じています。

ご多分に漏れず整形外科領域で、痛み止めとシップなどで「3た論法」による安易な適応拡大、不要な処方がはびこっています。

2012年に発売された新しい種類の痛み止めプレガバリンの適応症は「神経障害性疼痛」で、その効能が実証されている傷病は「線維筋痛症」「帯状疱疹後神経痛」「脊髄損傷後疼痛」だけです。当初は痛み発症から3か月経過し他の痛み止めが効かない場合に少量から増量するように指導されていました。しかし臨床の現場では腰痛症や坐骨神経痛、関節痛といった治験が全くなされていない多くの整形外科疾患に対してあっという間に拡大し、他院よりは先にと競うように初診時から大量処方されています。また武田鉄矢主演のCM「ジンジン、ヒリヒリ」の絶大なメディア効果で、患者から医師希望する状態にもなりました。これに似た事象は、2000年木村多江主演のCM「うつは心の風邪」のキャンペーンで、一気にうつ病と診断される患者が増え、メンタルクリニックが乱立しまた製薬会社の売り上げも上昇しました。これらのCMキャンペーンはとも病気喧伝と言われるもので注意が必要です。
 プレガバリン適応外疾患に対する効能は、学術性の高い臨床試験においてすべて否定されています。またプレガバリンの副作用は非常に強く、臨床でしばしば経験するのは、めまい、傾眠、意識消失で、高齢者は転倒して骨折することが多く、頸椎骨折を受傷した患者さんが1週間も痛み無く生活されていたこともあります。(詳細は川口 浩 東京脳神経センター整形外科・脊椎外科部長で検索してください)。強い痛みをとるための手術後においても、以前処方されていたプレガバリンや痛み止めが漫然と処方されている例もあり、ここまでくると医師の怠慢以外の何物でもありません。

プレガバリンは痛み止めの部類ですが、そもそも痛み止めの適切な使い方とは何でしょうか?

“痛み〟は人類に与えられた安全装置です。先天的に痛みを感じない難病の方は、多くは成人になる前に亡くなります。また認知症患者は痛みを感じにくいので、骨折して足腰に力が入らない状態で歩こうと転倒し、さらに大きな骨折をします。また変形性関節症の方が痛み止めを飲みながら生活すると、数年後には症状がさらに悪化することが報告されています。

 また整形外科で処方されるシップの効果ですが、全てを否定はしませんが、大なり小なり「使った、治った、だから効いた」という「3た論法」に近い状態にありそうです。またシップによる皮膚トラブルもありますので、効果が無いのに漫然と使用することは避けたほうが良いと思われます。特に、捻挫や打撲で内出血や腫れがあるときは、まずは氷などで冷却することが鉄則で、シップは害になることはあっても、益になることはありません。

老いは自然の摂理で、痛み止めなどのやヒアルロン酸関節注射、手術などの治療では元に戻せません。整形外科医師の本来の仕事は、“痛み止め”をなるべく使用せず、またなるべく手術をしなくてもいいように、日常生活を送るコツ、悪化させないコツを患者さんに伝授することです

後の各論では疾患に応じた“コツ”を解説していきます。


コラム:最近好きなドラマにNHKの「正直不動産」があります。不動産屋と聞くと、“悪徳”という言葉を思い出します。まさにこのドラマは「悪徳不動産屋」と「正直不動産屋」との戦いで、正直不動産屋さんは、その物件のメリットやデメリットを説明して、お客さんの人生ストーリーに寄り添います。私は幸い「悪徳医師」に出会ったことはありませんが、売り上げ重視の上司や経営者からのプレッシャーから、適切な説明や論理的根拠もなく過剰な医療(投薬、注射、手術)を強いている医師を見ることがあります。正直不動産でも「我々は慈善事業ではない」と明言しているように、医療も慈善事業ではありません。このドラマを見ると、自分も「正直医者」にならなければ襟を正し且つ将来に渡り持続可能な医療を目指し毎日の診療にあたっています。

 

次回は「手術をすべきかどうかの見極め」です。