私が医師になったころは、すべてが
「根拠に基づく医療:EBM(Evidence Based Medicine)」をベースに教育、指導されました。これは基礎、臨床研究の結果から治療法の妥当性を検証し、医療の質を高める手法で、「根拠」、「統計手法」、「科学性」がかなり強調される考え方です。その頃は日本全体が好景気で、現在ほどの超高齢化社会ではなく、比較的みんなが同じ方向を向いていました。そのうちすべての疾患ガイドラインを作る動きが出て、それから外れた考えは「それってあなたの感想ですよね!」と一蹴される時代となりました。そして医師の優秀さを科学ジャーナルのインパクトファクターで争う風潮が頂点に達し、それが昨今多発する研究不正、コロナ禍における玉石混交の医学情報やワクチン不信につながっている気がします。時代が変わり、失われた30年と言われる日本の不景気、超高齢・超少子化社会が問題になり、この「EBM」に偏った医療への反省から、「NBM」が重要とされ始めました。これは「物語りと対話に基づく医療:NBM(Narrative Based Medicine)」で、患者の病気にもストーリーがあり、その患者の病気にかかわるストーリーをよく聴き対話をはかることが重要であるという考え方です。
近年の多様性という考え方は医療の受け方にも変化を与え、セカンドオピニオンの考えが定着したこと、SNSでの病気に関する発信、ネットでの検索能力が上昇し、ガイドラインも一つの考え方という雰囲気になりつつあります。
整形外科の守備範囲はかなり広く、それまでの臨床経験や基礎・臨床研究の有無、医学哲学によって、医師の技量にばらつきが生じます。手術などが明らかに必要であれば専門医に紹介しますが、ありふれた症状であれば、注射、リハビリ、痛み止め、シップなどでお茶を濁されることが多くなります。
たとえば、よくある“腰痛”は、整形外科疾患の中でも一番奥が深い症状で、いまだに私も一つ一つの症例から学ぶことが多いです。
上図のように、疼痛のタイミングや部位、疼痛範囲、圧痛の有無によって原因が異なり、姿勢や体勢、温度の変化で悪化したり軽快したりします。ただし、骨折や感染、癌などの転移などには適応できません。
痛む部位はいわゆる“腰”ですが、レントゲン、MRI、CTの画像だけでは、これらのA)~D)の違いを区別できません。画像や血液検査だけではなく、痛みのストーリーを聞くことで、腰痛の原因に近づくことができ、治療法を提案できるのです。このストーリーを聞くことがまさに近年重要視されている「NBM」で、診断後の治療法や投薬内容は、年齢や日常生活状況、就労状況、経済的状況なども考慮されるべきです。
次回は「整形外科で多用される痛み止めとシップの功罪」についてです。