どうも。
今回の記事を毎日少しずつ書いているうちに、いつのまにかミリオン6thが始まっていました。そんなミリオン6th当日にこの投稿です。たまたま書き終えたのがさっきなんですよ…。
ちなみにこの前置きは記事の本題を最後まで書き終わってから書いています。
しかしホント最近は夏川椎菜さんのソロにどっぷりとハマってしまい、正直ミリオン熱が若干薄れていってしまっています…。とりあえずミリシタの元気消費だけはキッチリ行っていますが。
ミリオン5thBDを見始めても、途中でやめてログラインをかけてしまうここ数日。まだday1のDISC1の半分くらいまでしか見ていない状態です。
今までなら、周年ライブの真っ只中なんて脳内全てミリオン状態なんですが、少し前まではまさか夏川椎菜さん個人に入れ込むなんて思いもしませんでした。
そして最初は音楽だけでいいやと思っていたのに、写真集が欲しくなってきた今日この頃です。
前置きはこのくらいにして。
今回は夏川さんの次回作について、私の思うところを書いていきたいと思います。
気がはえーよ、とか今はソロツアーに集中しろ、とか思われるかもしれませんが、この「ログライン」を聴くと何かチラチラと考えてしまうんですよね…。
とりあえず、それをここに書いてまとめたいと思いますので、お付き合いいただければ幸いです。
夏川椎菜曲の魅力の在り処
まず、「ログライン」からの今後を語る上で、私なりの「夏川椎菜曲の魅力」を明確にしておきたいと思います。
そして、それを語る上で、雨宮天さんと麻倉ももさんの名前を挙げるかと思います。
ですが、決して貶めるとかマイナス方向の意図ではありません。
やっぱり他の例を挙げると分かりやすくなりますし、夏川さんと最も身近な存在であるため、このブログを読んでくださる方にとっては最も分かりやすくなる例の対象だと思うのが一つです。
あとは、今の私が知る夏川椎菜さん以外の声優さんの曲で、耳にしたのが最も最近であり、記憶が鮮明だからです。
いや、というか、ミリオンライブPでかつトラハモを聴いている人間で、雨宮さんと麻倉さんに好感未満の感情を持っている人なんてほぼいないでしょう。
さて、話を戻します。
夏川さんの音楽の魅力として最も大きいのは、
「楽曲」と「本人」の距離感・関係性
だと私は思います。
まず雨宮さんと麻倉さんの音楽で私が感じるのは、
「楽曲」に対して「本人」は上位者なんです。
「本人」のために存在する「楽曲」であり、「本人」が「楽曲」を上手く操作して、自身と曲をより輝かせる、というイメージです。そして、それが非常に上手い。
ですが、夏川さんの音楽で感じるのは、
「楽曲」と「本人」が対等なんです。
「本人」が楽曲に寄り添わんと近づき、「楽曲」もまた本人に寄り添っていく。そんなイメージです。
とてもフワッとしていて抽象的な言葉になってしまいましたが、伝わるでしょうか…?
決してどちらの方が優秀だとかそういうことではなく、これは方向性の違いであって、あくまで私は、この部分が夏川さんの音楽の魅力だと感じるということです。細かい魅力も挙げれば色々とありますが、すべてはそこに集約しているように感じます。
例えば前記事で、アルバムを全体を通して一つのストーリー性と夏川さん自身のバックストーリーを感じる、と書きました。
ですが実際は、直接的に夏川さんのバックストーリーを彷彿とさせる内容の歌詞は「パレイド」と「ファーストプロット」だけです。
にもかかわらず、一度全体を通して聴いただけでそれを感じさせるのは、前述した理由からなのではないでしょうか。
夏川さんと楽曲が対等な関係で、お互いの距離感がほぼゼロだから、まるで楽曲群が夏川さんの分身のように感じるんですよね。
ボーカルの音量レベルを抑えめにしているのも、対等な関係と距離を感じさせますし、曲によって歌い方を変えているのも、まるで夏川さんが楽曲に寄り添っているかのようです。
というわけで、私にとっての夏川さんの音楽の魅力とは、
「楽曲と夏川さん自身が対等な関係であり、とても親密な距離感であること」
なんです。
「ログライン」からの次回作について
作品自体の評判が良いと、次回作は非常にハードルが上がってしまいがちです。
そういう私も多分に漏れず、夏川さんにプレッシャーが掛かり過ぎないか心配であると同時に、やっぱり期待してしまうんですよね。
さて、前項で述べた「夏川椎菜の音楽の魅力」は、「ログライン」に今作の最大の特長であろうコンセプトアルバム然としたストーリー性を持たせるという非常に大きな役割を果たしています。
そのストーリーの柱は、夏川さん自身が苦悩や葛藤を抱えながら自らの方向性を見いだすまでに辿ってきた物語です。
そしてその物語を、また次回作で使うというわけにはいきません。
この穴をどう埋めるのかが、次回作のキーになるような気がします。
その物語が無くなったところで、曲自体が良いし、もちろん他にも魅力はたくさんありますが、何かが欠けるということはその分のマイナスは確実にあるということです。
例え曲のクオリティを維持したとしても、アルバムのクオリティは今作と同等とは見られない可能性が高いかもしれない。
ということは、今作と同等の出来にするためには、曲のクオリティをさらに上げるか、他の何かで補うことになります。
しかし、少し話は逸れますが、1stが傑作で2ndで更に評価を上げた(熱烈なファン以外からも)、または数作続けて評価を上げ続けた例って、なかなか思い付かないですよね。いや、私の知識不足というだけかもしれませんが。
1stはイマイチだったが2ndで開花した、というのならそこそこありますが…。
それだけ難しいということなのでしょうね。
今の夏川さんは音楽活動をとても楽しんでいる様子が見て取れますし、そんな彼女を見ているとこちらも嬉しくなります。
夏川さんは、本格的に音楽を聴き始めてまだ日が浅いとのことなので、これからも楽しみながら色々な音楽を聴いていくことだろうと思います。
自身の楽曲も、さらに色々なタイプの曲をやりたいと思っているのだろうなと、私は思っています。
さて、夏川さんが楽しみつつ、かつ次回作のクオリティを上げることが出来る可能性を秘めている方法で、すぐに頭に浮かんだものが一つあります。
今までの夏川さんの音楽活動の流れを追い続けている人なら、おそらく自然と考えはそこに辿り着く、そんな方法。
これが上手くいくとするなら、これ以上ないほどのカード。
それは、夏川椎菜さん自身による作曲です。
「作詞・作曲 夏川椎菜」をやってしまうわけです。
もし夏川さんにメロディーメーカーとしてのセンスが備わっていれば、空いた穴を埋め尽くしてなお十二分にお釣りが来るほどのカードになりえる。
楽曲を構成する要素の中で、メインメロディーこと主旋律、つまりボーカルパートのメロディーラインは、なんだかんだで最も重要な要素です。
もちろん、編曲や音作りも大切ですが、メインメロディーの良さは万人に響く。音楽の知識が皆無でも良さを感じ取ることが出来る。
今更の説明ですが、作曲とはこのメインメロディーを作ることで、これは誰にでも出来ます。音楽理論も楽器経験も何も必要ありません。
しかしメロディーセンスの有無は、実際に作ってみないと本当にわからない。
音楽の知識や経験、音作りのセンス、これらにほとんど比例しない、ほぼ完全に独立した才能がものを言うスキルです。
何も楽器が出来ないドリカムの吉田美和が日本では誰もが知っている名曲をいくつも生み出しているし、フランツフェルディナンドが出てくる更に2年前に密かにダンスロックの礎を築いたザ・ミュージックは、自国の歴史的ロックバンドのレッド・ツェッペリンを知らなかったし、つまり音楽の知識や経験が浅くとも才能次第ですぐにでも名曲を生み出せる可能性はあるということです。
しかし言い方を変えれば、実際に作る以外にセンスの有無を判断することが出来ないということでもあります。
だからこそ色々とリスクも大きいのではないかと思うのですが、私は業界のことを全く知らないので、その辺は何とも言えません。
要するに私的にはハイリスクハイリターンではないのかなと考えるわけです。
ですが、一人の夏川椎菜ファンとして、やっぱり彼女の作る曲を聴いてみたいとも思っちゃいますよね。
何か少しずつ話が逸れてきてしまいそうなので、このへんでまとめると、つまり次回作は、
・ストーリー性を付与するのが難しく、何らかの形でのカバーが必要
・その手段の一つとして「作詞・作曲 夏川椎菜」。しかしハイリスクハイリターンかもしれない
・でもやっぱり、夏川さんの作る曲を聴いてみたい!
というわけで、夏川さん。
作曲を、してみませんか?
