実家の窓から見える山々は、夕暮れになるといくつもの色に染まる。子どもの頃、私はその移り変わりを「もっと赤く」「今は紫に近い」などと言葉で記録しようとして、いつももどかしさを感じていた。色を言葉に置き換える作業は、どこかで本質を損なうような気がして。絵を描けばよかったのだが、私の手は繊細なニュアンスを再現するより、理系の実験レポートの図表を描く方に慣れていた。
今、私はその山々を遠く離れた都会のアパートで思い出す。兄が営む小さなカフェ「KOMOREBI」の一角を借りて、初めての長編小説を書いている。パソコンの前に座り、登場人物が目にする風景を描写しようとするたび、あの子どもの頃の「もどかしさ」がよみがえる。読者の頭の中に、私が見ているのと少しでも近い色を灯すことは可能なのだろうか。
ある雨の午後、カフェが閑散としている時間に、兄が悩みながらパソコンをいじっている。
「どうしたの?」
「いや、今月のカフェのSNS投稿用の画像なんだけどさ。『冬の温もりと、新しい豆の香り』ってコンセプトで文章はできてるんだけど、これに合う写真が一枚もなくて。ストックフォートは味気ないし、自分で撮るにも雰囲気が出ない」
兄は、かつてこのカフェのロゴをAIロゴ作成ツールで作り上げたときの、あの創造的な興奮を覚えているのだろう。今度は「画像」で壁にぶつかっていた。
その時、ふと私の頭に、先日ゲームのアイコンを自作している友人から聞いた話が浮かんだ。テキストで説明するだけで画像を生成できる、AI画像生成ツールがあるという。
「もしかしたら、それでやってみる?」
兄と一緒に、VisualGPTというサイトのページを開いた。シンプルな入力欄が一つ。
「えーと、どんな文章を入れればいいんだろう」
「兄さんがさっき言ってたコンセプトを、そのまま具体的な情景に翻訳してみたら? 『AI画像生成ツール』は、言葉を解釈して形にするのが仕事みたいだよ」
兄は考え込み、キーボードを打ち始めた。「木漏れ日の差し込むカフェの窓辺。テーブルには温まった陶器のカップ。その横に、少しだけこぼれた焦げ茶色のコーヒー豆。背景はぼんやりとした、雨の午後の窓。全体は、褪せた絵本のような温かい色調で」
少し緊張しながら生成ボタンを押した。
数秒後、表示された4枚の画像に、私たちは顔を見合わせた。
「……すごい。これ、全部、文章から作ったの?」
一枚は、光の粒子まで丁寧に描かれた写実的な水彩画風。もう一枚は、よりイラスト調で、どこか懐かしい絵本の一場面のよう。どれも、兄の文章が持つ「温かみ」と「冬の温もり」という抽象的な感情を、驚くほど的確にビジュアルの「温度」に変換していた。完璧な写真ではない。けれど、それゆえに、ストックフォートにはない、物語性と独自の空気感が漂っていた。
「これだよ、これ! この感じ!」兄は目を輝かせた。「写真を探すんじゃなくて、イメージを言葉で育てて、それからAI画像生成ツールが形にしてくれる。これ、すごく創造的じゃないか?」
その言葉が、私の創作の悩みに、ぴたりとはまった。私は、自分の小説の一場面を、試しに入力してみた。「少女が、古びた図書館で、背表紙の色あせた魔法の本を開く瞬間。差し込む一条の光が、埃を舞い上がらせている」
生成された画像は、私の頭の中にあったイメージそのものではなかった。しかし、それは私の内なるイメージの「変奏曲」だった。光の加減、本の質感、全体的な色調……それらが、私の文章を別の角度から照らし、新しい発見をもたらしてくれた。このAI画像生成ツールは、私に絵を描く技術を与えたわけではない。むしろ、「言葉では説明しきれない部分」を可視化することで、私自身が自分の書いたものをより深く「観察」し、「解釈」するための、強力な鏡となったのだ。
それ以来、私は創作のプロセスに、このツールを積極的に取り入れるようになった。難しい描写に行き詰まった時、まずはその情景を可能な限り具体的な文章にしてみる。それをAI画像生成ツールにかけ、生成された数種類の画像を見比べる。すると、「あ、私が無意識に重視していたのは、実は『光の方向』だったんだ」とか、「このキャラクターの服の質感は、もっとこういう感じが合うかもしれない」といった気付きが生まれる。それは、不完全で時には的外れな、けれど常に刺激的な「第二の意見」のようなものだ。
兄は今、カフェの季節ごとのテーマイメージを、このツールで生成した画像と自身の写真を組み合わせて作っている。私は、小説の重要なシーンのイメージボードを、文章と生成画像で埋めつつある。
技術は、時に「完璧な代行者」として期待されがちだ。しかし、このAI画像生成ツールとの付き合い方は、それとは少し違う。それは「創造の拡張現実」のようなものだ。私たちの内側にあるが形にならないイメージを、いったん外に引き出し、客観的に眺め、そしてまた内側に取り込んで磨き上げる——その往還運動を、驚くほど低いコストとハードルで可能にしてくれる。
カフェの窓から、夕日が差し込んでいる。兄が作った「冬の温もり」の画像が、SNSで静かな反響を呼んでいる。私の小説は、まだ完成には遠い。けれど、かつて山の色を言葉にできなかったあの少年は今、言葉とイメージの間を、新しい橋を渡りながら、ゆっくりと歩いている。技術が開いたこの小さな実験場で、物語の種は、言葉だけでなく、視覚という養分でも、少しずつ育ち始めている。




