アヴァ・ハンターワディー四十年戦争





西暦1384年、ハンターワディーの支配者であったモン族の王ビンニャ・ウーが崩御した後、息子のビンニャ・ヌウェがラザーディリ王の称号で即位しました。その際、ミャウンミャの領主であったラウッピャーはこれに不満を抱き、アヴァのビルマ族の王ミンジースワソーケーに使者を送り、「ハンターワディー(ペグー)を攻撃してください。実(中身)はすべて王が取り、私は皮(外側)だけをいただきます」と言いました。そのため、ミンジースワソーケー王は躊躇することなく大軍を率いて参戦し、西暦1385年にモン・ビルマ(アヴァ・ハンターワディー)四十年戦争が始まりました。


​当時の民族間の緊張は非常に複雑でした。アラカンの王トーラ・ジーがビルマ領(ヨー、ソー、ラウンシェ)を占領しました。これを理由に、ビルマの皇太子ミンイェーチョースワーがアラカンへ進軍しました。トーラ・ジーの崩御後、アラカンの皇太子ナラミッラーはベンガル地方へ逃亡しました。その後、モン族はビルマ族からアラカンを奪還しました。彼らはビルマの王を処刑し、ナラミッラーを王位に就かせました。ビルマ族はアラカンを取り戻すために再び進軍しましたが、成功しませんでした。ビルマ族がアラカンにいる間に、シャン族(センウィーのソープワー)が再びビルマの領土を侵しました。


​戦果を見ると、モン族側は、1. ミンイェーチョースワーを討ち取ったこと。2. アヴァ王ミンカウンの王妃シン・ミナウッと言い、王女ソーピェーチャンターを捕らえたこと。3. 陸路と水路の両方からアヴァまで進軍し、アヴァ王ミンカウンを震え上がらせたこと、が挙げられます。ビルマ族側は、1. ハンターワディーの王子を捕らえたこと。2. モン族の英雄スミム・パヤンを捕らえたこと。3. パテイン、ミャウンミャ、ダラなど、下ビルマ全域に軍事的に進出したこと、が挙げられます。


​戦争に参加した英雄たちは、モン族側からはラザーディリ、スミム・バラッザー、ラグン・エイン、エー・ムンダヤー、アマッ・デイン、マハー・サムダンです。ビルマ族側からはミンジースワソーケー、ミンカウン、ミンイェーチョースワー、シン・シッダッ、モーニィン・タドー、ティーハトゥーです。


​四十年にわたり続いたものの、彼らは不倶戴天の敵として戦ったわけではありません。雨季になると、両軍とも田植えのために休戦しました。民族主義的な思想で戦ったわけではないため、休戦中には両側の王や英雄たちの間で贈り物の交換が行われました。


​西暦1422年、アヴァ王ミンカウンが崩御しました。その一年後、ハンターワディー王ラザーディリが崩御しました。アヴァ王ミンカウンとハンターワディー王ラザーディリの崩御後、戦争は終結しました。(注:この戦争は民族間の憎しみによる戦争ではなく、ビルマ王とモン王の権力争いでした。その理由は、ビルマ王ミンカウンとモン王ラザーディリは子供の頃からの喧嘩仲間であり、非常にお互いを想い合う親友だったからです。このアヴァ・ハンターワディー四十年戦争は、彼らが若い頃に喧嘩をしていたのと似たようなものでした。この戦争では、勝者が敗者の娘や英雄を王の財産として接収しました。現代の言葉で言えば、戦争を通じて私利私欲を追求したということです。若者言葉で言えば、退屈しのぎに遊びで戦争をしていたようなものです。)