タイ流・五戒
タイ人はエンターテインメントを愛する民族です。どんな行事も賑やかでなければなりません。ルース・ベネディクトのような社会学者が「タイの仏教は仏陀が教えたものとはかなり異なる」と考えるほどです。仏陀は「苦しみの滅滅」を説きましたが、タイ人は「生きていることは素晴らしい」と考えます。そのため、来世よりも今世での幸福のために功徳や祝福を求める傾向があります。視点が違うため、五戒もタイ人の気質に合うように、さりげなく「シェイク」し直されました。
「魚を水から揚げただけ。勝手に死んだのなら、殺生にはならない」――これは、生活を維持するためにタイ人が編み出した、タイ流の「言い逃れ」です。第一の戒め「殺生をしない」を見てみましょう。昔、私たちは毎日漁をして暮らしていました。もし厳格に禁止されたら、餓死してしまいます。そこで、「自分の手で殺していない」「死んでいる肉を買ってきた」のであればセーフ、という解釈が生まれました。
第二の戒め「盗みをしない」も興味深いです。仏暦2446年(1903年)当時、バンコクの窃盗事件は、人口の多いビルマよりも数倍高かったという記録があります。この戒めは、当時の人々の「盗み癖」を正すために特に強調されたのです。
「人の言うことは、5で割ってようやく真実になる」――この皮肉な言葉は、タイ人の大げさに話す性格を最もよく表しています。これが第三、第四の戒め(不倫と嘘)に繋がります。昔は「悪いことをしても、誰にもバレなければ大丈夫」と密かに考える人がいました。第三の戒めは、そんな「つまみ食い」好きへの警告です。第四の戒めは、タイ人の自慢好きな性格から来ており、「耳まで届くほど舌が長い」という諺があるほどです。この戒めは、ホラ吹きな振る舞いにブレーキをかけるために作られました。
お祝いの席に酒がなければ、本当のお祝いではありません。だからこそ、第五の戒め「酒を飲まない」は、タイ人が永遠に落第し続ける項目なのです。不思議なことに、記録にはこの戒めのタイでの起源が明確には記されていません。なぜなら、タイの伝統的な生活において飲酒は祝祭の常識であり、古くから都市部での巨大なビジネスだったからです。
これらすべてが物語っているのは、タイにおける五戒は単に「悟り」のためだけにあるのではなく、タイ人が共に暮らしていくために基礎的な性格を磨き上げる「社会のルール」のような役割を果たしているということです。結局のところ、五戒の起源がどこであれ、それはタイ人の弱点と強みの両方を映し出す大きな鏡なのです。もしタイ人が五戒を単なる「禁止事項」ではなく、社会を平和にするための指針として捉えることができれば、その時、タイの「善人」という言葉の輪郭は今よりもはっきりと見えるようになるでしょう。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
著者:Dr.Intobesa(モン族の作家)

