ワタリウム美術館。
美術館自体はそれほど嫌いではないけれど、いつも企画展の満足度がいまひとつなのはなぜだろうか?
今まで島袋道浩展しか行っていないが、その時も思った。
この満足度の低さはなんなのだろうかと。
展示面積が狭いからそう思うのだろうか。
今回のこの「ルイス・バラガン邸をたずねる」は、妹島和世と西沢立衛が会場構成をしている。
バラガンが使っていたテーブルや椅子などを忠実に配置していると思われる。
しかし、どの椅子も座ることが出来ず、座った時に庭はどのように見えるのかなど、実際に体験することは不可能だ。
わたしは、数年前の森美術館での「ル・コルビュジエ」展を思いだしている。
十分な広さと高さのある森美術館。
そこにはコルビュジエの書斎、モデュロールを体験出来る集合住宅、そしてひとりづつ中に入ることが出来るキャバノンがあった。
それらはホワイトキューブ内にありながらしっかりとした造りだった。
再現だから実物と同じでないのは当たり前のことだろうと思う。
それでも、その再現された三つを体験することは、それぞれに意味があったと思われる。
ワタリウム美術館の今回のバラガン展では毎日「バラガン邸のティータイム」という、ダイニングルームでメキシコのお茶を飲みながら作品解説を聞ける時間もある。
それに参加したなら、多少はバラガン邸の雰囲気も知ることが出来るのだろうか。
ワタリウム美術館は美術館自体が特殊な造りをしている。
その中で、むしろ素朴だと思えるバラガン邸を再現することが有効だったのか否か、そんなことをわたしは考えている。
美術館自体はそれほど嫌いではないけれど、いつも企画展の満足度がいまひとつなのはなぜだろうか?
今まで島袋道浩展しか行っていないが、その時も思った。
この満足度の低さはなんなのだろうかと。
展示面積が狭いからそう思うのだろうか。
今回のこの「ルイス・バラガン邸をたずねる」は、妹島和世と西沢立衛が会場構成をしている。
バラガンが使っていたテーブルや椅子などを忠実に配置していると思われる。
しかし、どの椅子も座ることが出来ず、座った時に庭はどのように見えるのかなど、実際に体験することは不可能だ。
わたしは、数年前の森美術館での「ル・コルビュジエ」展を思いだしている。
十分な広さと高さのある森美術館。
そこにはコルビュジエの書斎、モデュロールを体験出来る集合住宅、そしてひとりづつ中に入ることが出来るキャバノンがあった。
それらはホワイトキューブ内にありながらしっかりとした造りだった。
再現だから実物と同じでないのは当たり前のことだろうと思う。
それでも、その再現された三つを体験することは、それぞれに意味があったと思われる。
ワタリウム美術館の今回のバラガン展では毎日「バラガン邸のティータイム」という、ダイニングルームでメキシコのお茶を飲みながら作品解説を聞ける時間もある。
それに参加したなら、多少はバラガン邸の雰囲気も知ることが出来るのだろうか。
ワタリウム美術館は美術館自体が特殊な造りをしている。
その中で、むしろ素朴だと思えるバラガン邸を再現することが有効だったのか否か、そんなことをわたしは考えている。