最近、某JRの駅構内の比較的大きな書店が閉店した。

書店の閉店が相次いでいるという記事を読んだことがあるが、よく流行っていると思われた書店まで閉店していく。

 

ある高校生はいう。

「本屋は本が空間の真ん中にあって落ち着かない」

確かに。

このことが書かれているのは、『本を読めなくなった人たち』という書籍。

先日、以前よく通っていた本屋に久しぶりに行って、一冊だけ買ったのがこの本だった。

 

最近は本屋も、ブックオフも、図書館も行かなくなった。

本を見るのはもっぱらAmazon。

先の本には、日本人の6割以上が1ヶ月に一冊も活字の本を読まないとも書かれていた。

わたしは、毎月、何冊もAmazonで購入し、Kindle Unlimitedでも借りて読んでいる。

わたしは心の中で、「Amazon貧乏や!」と思っている。(Amazonでは、食品、日用品も買っているし)

 

さて、本題。

この本には、本を読む人が減っているのに、本を出したい人が増えているということも書いてあった。

確かに、今は自分で本を作ることも簡単で、わたしのアート系仲間の何人もがZINE制作経験者である。(なかなか売れないようで、知人に配っていたりする)

 

そして、先日、アメブロを通して「本を出しませんか?」というメッセージが来た。

そう、とうとうわたしにも来た!(2回目だけど)

前回、このようなメッセージをもらった時はスルーしたが、今回はZOOMでの面談を希望した。(ZOOM、ほんと便利)

 

で、どういう話だったかというと、本を出しませんか?というオファーについては他の人もブログっているのでそれを読んで欲しい。

ほぼ同じだと思う。

簡単にいうと、完全自費出版ではなく、商業出版でもなく、共同出版?のようなもの。

別に詐欺でもなく、出版形態が合うならお願いしてもいいような、そんな感じだ。

 

ZOOMでの一時間半の面談は、とても楽しく、いろいろな気づきがあった。

わたしが、本を書く時のタイトルも決めてもらった。

が、本にするのは、4万字?150ページ?ほど必要だという。

まだ、1文字も書いていない。

その1文字がいつ書けるのか、永久に来ないかもしれない。

 

もし、「本を出しませんか?」というオファーが来たら、時間とZOOM環境があるなら一度話を聞くのもありだと思う。

出版業界のことや最近のトレンドや趣向など、普段会うことがない人から聞けるチャンスはそうそうないと思うので、Goodな経験になると思う。

 

 

 

先日、NHKオンデマンドでBSスペシャル「縦の支配 中国 ショートドラマの光と影」を観た。

このドキュメンタリーは、中国の「縦型ショートドラマ」についての話だった。

 

「縦型ショートドラマ」、この言葉、わたしは初めて聞いた。

これは、スマホを縦にして視聴するショートドラマことをいう。(わたしはタブレットを横にして観ているので、「横型ショートドラマ」になるのかな?)

一話が1分から5分。

文字通り〈ショート〉なのである。

 

中国の労働者は屋台のテーブルで、このショートドラマをスマホで観ながら夕食を食べる。

仕事は大変だというが、夕食時の「縦型ショートドラマ」の視聴は、一話が短いので良い気晴らしになるようだ。

中国では、街を開発したが、今は廃墟になっている商業施設を利用してショートドラマを撮影している人たちがいる。

全ストーリー30〜50話を5日で撮り、月に4本撮る。

監督が勝手に制作しているのではなく、クライアントいて、再生回数によって得られる収入はクライアントの分を支払うと、約20万円ぐらいにしかならないという。

 

この「縦型ショートドラマ」っていうのはどんなのかな?と思っていたら、先日、ネトフリで「昏睡」が配信されて、これがまさに「縦型ショートドラマ」だった。

やはり、一話が1分〜5分。

わたしはネトフリは、どの作品も1.5倍速で観ているので、一話がもっと短時間で観れる。

ほっておいても、一話が終われば次々に再生されていく。

 

4話ぐらいまで観たが、、、。

その感想は、、、あんまり面白くない。(ごめんなさい)

ストーリーは悪くないと思うが、なぜ面白くないかがわからない。

 

そして、先日、「ドパガキ」という言葉を知った。

ショート動画などの刺激が強いコンテンツに夢中になり、一瞬の退屈さも我慢ができなくなって強い刺激を求めてしまう「ドーパミン中毒のガキ(子ども)」を略した言葉。

確かにドラマ「昏睡」も第一話からハラハラするシーンがあった。

このようなシーンを入れることで、視聴者を最後まで引っ張っていくのだろう。

 

わたしは、最近、動画配信サービスを必ず1.5倍速で観る、その弊害が自身に出ていると感じることがある。

例えば、映画「ちいかわ」。

観に行こうと思ったが、倍速で観れないのでアマプラとかで配信されたら観ることにした。

1.5倍速では楽しめない映画もあると思うけれども、、、。

 

動画配信を毎日見続けた時の弊害、それも倍速で観た時の弊害が、この先どこかで論じられるかもしれない。

自身が意図せず、人体実験している?とか思わないでもないが、動画配信を観る〈快楽〉を減らそうとは思わない。

 

 

アマプラで配信が始まったばかりの映画「くろねこのジーニャ」。

全編、生成AIで制作しているというので興味を持ち、視聴した。

 

この作品は安達寛高氏が監督をしている。

この安達氏は作家の乙一である。

あの有名作家の乙一がこのような映画を制作していることに驚く。

 

彼は自身のnoteに、制作記録のようなものを書いている。

生成AIは何を使ったかも記している。

映像の中にかなり大きな矛盾点があるということだが、わたしはわからなかった。

 

二足歩行もできるくろねこが生活する世界。

あちこちがスラムのように汚く、雨が多いためにいつも道が水浸しなっている、そんな街にくろねこは住んでいる。

その汚さがとてもリアル。

人物も出てくるのだが、その人たちも本物のように見える。

全編生成AIで作ったと知らなかったら、わたしは、ねこだけCGだと思って見ていただろう。

 

ストーリーもとてもよく、全世代が見ても感動する箇所があるのではないかと思っている。

近年、文学賞コンペに応募する人が増えているというが、それはAIを使えるようになったからだという。

コンペはどこまでAIを使ったかを自己申告する必要があるのではないだろうか。

しかし、作品が面白いなら、人間が作ろうがAIが作ろうが、どちらでも良いとわたしは思う。

 

アート作品でも文学でも作家性を意識することはあると思う。

でも、この先、アート作品などを見た時に、新作なら「もしかしてAIを使ってる?」と思うことがあるかもしれない。

キャプションに作家名+AI と書いて欲しい。(みんながA Iを使い始めたらわざわざ書く必要はないと思うけど)

 

「くろねこのジーニャ」は一時間ほどの作品である。

サクッと視聴できるのでおすすめである。