ゴールデンウィークの那須高原。

ニキ・ド・サンファルの作品を展示している、庭も美しいニキ美術館。
8月の末に移転するという。
どこに移転するかはまだ未定だというが。

ここは、わたしのお気に入りの美術館のひとつだ。


ニキ・ド・サンファル。

彼女は、典型的な家父長制のもとで、厳格なカトリック教育を受けて育った。

そんな中で、女は結婚して子どもを産んで、妻であること、母であることを求められ、自己主張をする事が許されないということにずっと疑問を持っていた。

彼女の初期の頃の作品は、銃を撃つことで作る「射撃絵画」と呼ばれるものだ。
彼女は、その一発、一発を小さい男、大きな男、わたしの兄弟、社会、母、父、自分自身に向けて撃っていたという。

この作品を作ることは、自分自身にとってセラピー効果があったと言っている。
彼女がアーティストとして大成するためには、必然的に通過しなければならなかった過程であったと思われる。

その後、「ナナシリーズ」を作り始めて、ナナに自由なポーズをとらせたり、派手な色を塗ったりして、やっと彼女の心は自由になる。

そして、ガウディのグエル公園や、シュヴァルの不思議な城に感動したことから、自分も「理想宮殿」を作りたいと思うようになる。

1996年にイタリアのトスカナ地方にタロットをモチーフにした、彼女の集大成ともいうべき、『タロット・ガーデン』を造るに至る。

その『タロット・ガーデン』の写真も展示してあったが、鏡をふんだんに使った鮮やかな作品群だ。
イタリアの青い空の下に、タロットカードに出てくるキャラクターが映える。

出来るなら、一度行ってみたいなあと思った。


以前に草間彌生が、自分の作品を自分が死んでからどのように残していくかを考えていると、何かに言及していたことを思いだす。

アーティストにとって、自分の作品が形をなして残っていくことは、ひとつの夢であろうと思われる。

先日行った十和田市現代美術館には、来春公開するという美術館の隣の空き地に、草間の黄色いかぼちゃがあった。

直島にも草間のかぼちゃはあるし、長野にも彼女の作品はある。

しかし、美術館に収まりきらない大型の作品は、ニキやガウディのように、特定のサイトに制作、保存することが理想的であると思われる。

そんな作品は、現地に行くことが出来なければ写真で見るしかない。
わたしはそれでよいのだと思う。

ある場所、つまり特定のサイトが最初にあってその後に作品は造られる。


先日、東京都近代美術館の「ヴィデオを待ちながら」という展覧にあった、ロバート・スミッソンの「スパイラル・ジェッティ」の制作過程のビデオを観て思った。

「スパイラル・ジェッティ」はソルト・レークに造られたから意味があるのだと。

作品に「移動性」がないことが、また、その作品の意味や価値を高めていると思うのだ。