先日、原美術館に行った時に買ったこのDVD。
わたしは、一度束芋の作品を観たいと思っていた。
このDVDには「にっぽんの台所」、「にっぽんの横断歩道」、「ユメ・ニッキ・ニッポン」、「にっぽんの湯屋」が収録されている。
彼女の喋りも収録されていた。
それによると、彼女は中学卒業までは、万能感があったが、高校に入ってからは勉強についていけず、自分は普通の人間であると知った。
そんな普通の自分が感じたことを表現しているのだと言っている。
まあ、そんな事例はよくあること。
わたしもそうだった。
中学卒業して高校に入るまでは自分は天才で、自分は何にでもなれると思っていた。
同じく高校で挫折し、今はこの体たらく。
それでも、束芋はイラストを描く才能があったから、よかったではないか。
また少し前の『美術手帖』では、彼女は、多くの期待を鑑賞者に向けて、一緒に作り上げていくことを楽しんでいるというようなことを言っていた。
彼女が50%責任を果たしたなら、鑑賞者が後の50%を果たして貰って作品は完成すると。
わたしは鑑賞者としての50%をどのように果たせばよいのだろうか。
しかしながら、束芋の作品は実にシュールだ。
子どもの自殺、夫のリストラ。
こんな事例は、何年かしたら、風化してしまうものではないのか。
わたしがビデオインスタレーションを観ていつも思うことはそんなことだ。
いずれ風化する事例であっても、今を訴えれば、それはそれで意味があるのかもと思ったりもするのだが。
わたしは、一度束芋の作品を観たいと思っていた。
このDVDには「にっぽんの台所」、「にっぽんの横断歩道」、「ユメ・ニッキ・ニッポン」、「にっぽんの湯屋」が収録されている。
彼女の喋りも収録されていた。
それによると、彼女は中学卒業までは、万能感があったが、高校に入ってからは勉強についていけず、自分は普通の人間であると知った。
そんな普通の自分が感じたことを表現しているのだと言っている。
まあ、そんな事例はよくあること。
わたしもそうだった。
中学卒業して高校に入るまでは自分は天才で、自分は何にでもなれると思っていた。
同じく高校で挫折し、今はこの体たらく。
それでも、束芋はイラストを描く才能があったから、よかったではないか。
また少し前の『美術手帖』では、彼女は、多くの期待を鑑賞者に向けて、一緒に作り上げていくことを楽しんでいるというようなことを言っていた。
彼女が50%責任を果たしたなら、鑑賞者が後の50%を果たして貰って作品は完成すると。
わたしは鑑賞者としての50%をどのように果たせばよいのだろうか。
しかしながら、束芋の作品は実にシュールだ。
子どもの自殺、夫のリストラ。
こんな事例は、何年かしたら、風化してしまうものではないのか。
わたしがビデオインスタレーションを観ていつも思うことはそんなことだ。
いずれ風化する事例であっても、今を訴えれば、それはそれで意味があるのかもと思ったりもするのだが。