世に棲む日々
幕末の風雲児高杉晋作。
まさに風雲児としか言えないような男で、彼が火を点けたことで長州藩という火薬庫が大爆発し、三百年間眠り呆けていた日本は、幕末維新の動乱の時代に突入する。
でも彼は、新しい日本の姿を見ることなく、病でこの世を去る。
高杉の辞世の句。
「おもしろき こともなき世をおもしろく」
戦国の風雲児織田信長は、敦盛の一節を好んだ。
「人間五十年 化天のうちにくらぶれば 夢まぼろしのごとくなり」
この2人の天才のおもしろい共通点は、自分の人生をまるで他人事のように客観視していることだ。
この世に棲む日々は夢まぼろしのようなもの、ならば人生五十年と思って全力で生きるしかない。
そして、2人とも慌ただしく人生を駆け抜けた。
「クレヨンしんちゃん」の作家、臼井儀人さんが山中で転落死。あまりにもあっけない最期。
でも、飯島愛さんの時も思ったけど、どんなに栄光を掴んだ人生でも、僕のようにのんべんだらりと怠惰な人生を送っても、必ず終りは来る。
駆け抜けるほどの人生ではないから、生に執着しすぎず、でも命を大事に、見えないゴールまでひたすら歩くしかないと思った。
…合掌。

まさに風雲児としか言えないような男で、彼が火を点けたことで長州藩という火薬庫が大爆発し、三百年間眠り呆けていた日本は、幕末維新の動乱の時代に突入する。
でも彼は、新しい日本の姿を見ることなく、病でこの世を去る。
高杉の辞世の句。
「おもしろき こともなき世をおもしろく」
戦国の風雲児織田信長は、敦盛の一節を好んだ。
「人間五十年 化天のうちにくらぶれば 夢まぼろしのごとくなり」
この2人の天才のおもしろい共通点は、自分の人生をまるで他人事のように客観視していることだ。
この世に棲む日々は夢まぼろしのようなもの、ならば人生五十年と思って全力で生きるしかない。
そして、2人とも慌ただしく人生を駆け抜けた。
「クレヨンしんちゃん」の作家、臼井儀人さんが山中で転落死。あまりにもあっけない最期。
でも、飯島愛さんの時も思ったけど、どんなに栄光を掴んだ人生でも、僕のようにのんべんだらりと怠惰な人生を送っても、必ず終りは来る。
駆け抜けるほどの人生ではないから、生に執着しすぎず、でも命を大事に、見えないゴールまでひたすら歩くしかないと思った。
…合掌。

SLニセコ号
苗穂駅近くの踏切で「SLニセコ号」を見た。
札幌駅から車庫に戻る回送列車だったけど、急勾配の多い山線は小さなC11ではパワー不足らしく、客車の後ろにディーゼル機関車も連結されていて、ちょっと情けない姿だった。
今の「SLニセコ号」は二代目で、初代はSLの女王と言われたC62が牽引していた。
C62は実際に函館本線で走っていたし、車体も馬力も大きく、単機で山線に挑み、迫力満点だった。

この初代ニセコ号は、単にJRが観光客やマニアのために走らせたのではなく、C62を北海道の産業文化財として残そうという市民団体が、スポンサーやボランティアを募り、JRに運行を委託して走らせた列車だ。
長引く不況や、JRの直営でなかったために運行は終了してしまったけど、昔の北海道は至るところにこういう市民パワーがみなぎっていた。
僕も一度だけ初代に乗ったことがある。単にレトロ風ではなく、実際に使われた昔の客車だったし、終着の倶知安で生まれて初めて間近に見たC62。黒光りするボイラー、煙の匂い、そしてあの汽笛の音。車両というよりまるで生き物のようだった!
今は苗穂の基地でひっそりと眠る女王C62。もう一度復活してほしいものだ。
札幌駅から車庫に戻る回送列車だったけど、急勾配の多い山線は小さなC11ではパワー不足らしく、客車の後ろにディーゼル機関車も連結されていて、ちょっと情けない姿だった。
今の「SLニセコ号」は二代目で、初代はSLの女王と言われたC62が牽引していた。
C62は実際に函館本線で走っていたし、車体も馬力も大きく、単機で山線に挑み、迫力満点だった。

この初代ニセコ号は、単にJRが観光客やマニアのために走らせたのではなく、C62を北海道の産業文化財として残そうという市民団体が、スポンサーやボランティアを募り、JRに運行を委託して走らせた列車だ。
長引く不況や、JRの直営でなかったために運行は終了してしまったけど、昔の北海道は至るところにこういう市民パワーがみなぎっていた。
僕も一度だけ初代に乗ったことがある。単にレトロ風ではなく、実際に使われた昔の客車だったし、終着の倶知安で生まれて初めて間近に見たC62。黒光りするボイラー、煙の匂い、そしてあの汽笛の音。車両というよりまるで生き物のようだった!
今は苗穂の基地でひっそりと眠る女王C62。もう一度復活してほしいものだ。