SLニセコ号
苗穂駅近くの踏切で「SLニセコ号」を見た。
札幌駅から車庫に戻る回送列車だったけど、急勾配の多い山線は小さなC11ではパワー不足らしく、客車の後ろにディーゼル機関車も連結されていて、ちょっと情けない姿だった。
今の「SLニセコ号」は二代目で、初代はSLの女王と言われたC62が牽引していた。
C62は実際に函館本線で走っていたし、車体も馬力も大きく、単機で山線に挑み、迫力満点だった。

この初代ニセコ号は、単にJRが観光客やマニアのために走らせたのではなく、C62を北海道の産業文化財として残そうという市民団体が、スポンサーやボランティアを募り、JRに運行を委託して走らせた列車だ。
長引く不況や、JRの直営でなかったために運行は終了してしまったけど、昔の北海道は至るところにこういう市民パワーがみなぎっていた。
僕も一度だけ初代に乗ったことがある。単にレトロ風ではなく、実際に使われた昔の客車だったし、終着の倶知安で生まれて初めて間近に見たC62。黒光りするボイラー、煙の匂い、そしてあの汽笛の音。車両というよりまるで生き物のようだった!
今は苗穂の基地でひっそりと眠る女王C62。もう一度復活してほしいものだ。
札幌駅から車庫に戻る回送列車だったけど、急勾配の多い山線は小さなC11ではパワー不足らしく、客車の後ろにディーゼル機関車も連結されていて、ちょっと情けない姿だった。
今の「SLニセコ号」は二代目で、初代はSLの女王と言われたC62が牽引していた。
C62は実際に函館本線で走っていたし、車体も馬力も大きく、単機で山線に挑み、迫力満点だった。

この初代ニセコ号は、単にJRが観光客やマニアのために走らせたのではなく、C62を北海道の産業文化財として残そうという市民団体が、スポンサーやボランティアを募り、JRに運行を委託して走らせた列車だ。
長引く不況や、JRの直営でなかったために運行は終了してしまったけど、昔の北海道は至るところにこういう市民パワーがみなぎっていた。
僕も一度だけ初代に乗ったことがある。単にレトロ風ではなく、実際に使われた昔の客車だったし、終着の倶知安で生まれて初めて間近に見たC62。黒光りするボイラー、煙の匂い、そしてあの汽笛の音。車両というよりまるで生き物のようだった!
今は苗穂の基地でひっそりと眠る女王C62。もう一度復活してほしいものだ。