8月30日(日)国立能楽堂。

櫻間會による『平家物語の世界 語りの伝承巻二十九』。


今回、はじめて出向きました。


13時から、櫻間右陣による『解説』。


続いて、

平曲『忠度都落』須田誠舟


平曲は、久しぶりです。

しかし、琵琶による『平家物語』の弾き語り。


薩摩守忠度が、源氏の攻勢により、都落ち。

しかし、心残りなのは、勅撰和歌集撰定の話があり、和歌の道を歩む者として、1首なりしも入集を、と。

で、和歌の師である、五条の三位藤原俊成のもとに。


古典の教科書にも、よく取り上げられている場面。


歌詞

「中にも薩摩の守忠度は、いづくよりか帰られたりけん、侍五人、童一人、我身共に混甲七騎取つて返し、五条の三位俊成の卿のもとにおはして見たまへば」


琵琶の、哀惜なひぴき。


聴き入りました。


続いて、

狂言『薩摩守』


無賃乗車を、『薩摩守』と言う。

すでに、通じない時代に。

同じく、『キセル』乗車も。

で、そのことがわからないと、この狂言のおもしろさが伝わらない。

最初の『解説』で、櫻間右陣さんが、そのあたりの説明をして。


無一文の僧、同情した茶屋の主人から、神崎の渡しの船賃を払わずにすむ方法を教えられ。

で、舟に乗り、船賃を請求され。

『平家の公達』と言って。

次に、『その心は薩摩守』。

そこまでは、教えられたように。

しかし、それに続けての『忠度(ただのり)』が出て来ず。


野村萬斎、野村裕基。

姿形は違っても、声がそっくりで。


休憩があり。


能『忠度』。


藤原俊成に仕えていた者が、俊成が亡くなり、出家。西国行脚の旅に出て、須磨に。

そこに1本の桜。すると老人が現れて。

行き暮れて木の下陰を宿とせば 花や今宵の主ならまし

と詠んだ薩摩守忠度を回向してほしい、と。


で、その夜。

僧の前に、忠度の霊が甲冑姿で現れ。


忠度は、

「千載集の、歌の品には入りたれども、勅勘の身の悲しさは、詠み人しらずと書かれしこそ、妄執の中の第一なれ。」

しかし、俊成が亡くなってしまったので、

「今の定家君に奏し、しかるべくは作者をつけてたび給えと」

 

さらに、一の谷の合戦で、武蔵の国の住人岡部六弥太に討たれた有り様を。


で、僧に回向を頼んで消えて行くのでした。


シテ(前)老翁

シテ(後)平忠度

を、櫻間右陣。


忠度と、六弥太は、『一谷嫩軍記』にも。


90分の、濃密な時間。


そのなかに身をゆだね、くたくたに。