8月25日(火)歌舞伎座で、19時から、八月納涼歌舞伎第三部『舞鶴雪月花』『雪』『残月』を見ました。


『雪』と『残月』は、坂東玉三郎。

それぞれ、20分に満たないものでしたが、空気がピンとはりつめて。


『筋書』の『解説とみどころ』から、

「地唄とは、江戸時代に上方で作られた三味線歌曲の総称です。元々は演奏用の音曲でしたが、やがて宴席や座敷芸として演じられる上方特有の舞の、伴奏に使われるようになりました。」とあり、さらに、


「上方の舞は、狭い空間で静かに演じられるところに特徴があり、無駄を削ぎ落し、洗練された象徴的な形が静かに連続していく中に、思いの深さを漂わせます。」


玉三郎は、舞台中央の、畳半畳ほどの空間に立ち。

しかし、そのわずかな空間が、歌舞伎座の広い空間をも支配し。

あらためて、そのことに驚きました。

3階席の一番後ろの10列目で見ていたのですが、舞台上のエネルギーが、3階席にまで。その圧の強さ。

そして、その動きのひとつひとつから、『物語』が。


たまたま読んでいたもののなかに、

「貫禄の必要な立女方」について、

「おのずから身についている花があり、内に充実させた『気』の勢いがあって、これが伝統的に確立している美しい型と技巧とによって創造されるとき、その女方役者は現実以上に大きく見える。蓄えられた芸の力が、観客の目を錯覚させるのである。」

(『歌舞伎の原郷 地芝居と都市の芝居小屋』p182、183 服部幸雄 吉川弘文館2007) 

とありました。


6代目中村歌右衛門の『花』に間に合った幸せ。

そして、玉三郎の『花』と、時代をともに出来た幸せ。


で、最初の演目が、『舞鶴雪月花』。

17代目中村勘三郎の求めに応じて作られた変化舞踊。

1964(昭和39)年5月、歌舞伎座で初演。

作者は、萩原雪夫。

作曲は、14代目杵屋六左衛門。

振付は、2代目藤間勘祖。

初演では、桜の精を、17代目勘三郎。松虫を、勘三郎と、勘九郎(18代目勘三郎)。そして、雪達磨を、勘三郎。

その、17代目も、18代目も、すでに亡くなり。


今回は、

桜の精を、七之助。やはり、美しく。

松虫の親を、15歳の勘太郎。その子を、13歳の長三郎。

雪達磨を、勘九郎。


やはり、中村屋の、家にゆかりの演目。






一、舞鶴雪月花(ぶかくせつげっか)
季節の移ろいを洒脱に描く変化舞踊

 しだれ桜の向こうから現れた美しい桜の精が、都の名所を舞い踊ります。やがて秋。すすき野では親とはぐれた松虫の子どもと、我が子を求める親松虫の姿が。そして冬の銀世界、炭屋の娘に恋をした男前の雪達磨は、熱い思いに胸を焦がします。十七世中村勘三郎に書き下ろされた中村屋ゆかりの舞踊。愛らしい桜の精、儚い松虫、コミカルな雪達磨を三段構成で軽妙洒脱に描きます。

二、雪(ゆき)
実在の芸妓をモデルにした、切ない恋心

 俗世を離れて仏門に入った女が、独り寝に思い出すのは昔の恋人のこと。雪の夜に男の訪れを待ちわびた切ない日々に思いを馳せます。大坂・南地の実在の芸妓をモデルにした江戸中期の曲を、昭和の舞踊家・武原はんが独自の工夫と表現で洗練させた作品に基づいています。上方らしい優艶さにあふれる地唄舞をご覧ください。

三、残月(ざんげつ)
月の美しい情景と、命の儚さ

 磯辺の松の葉に隠れ、沖へ入る月。早くに世を去った女がひとり…。江戸中期に活躍した音楽家・峰崎勾当が、門下の早世した娘を悼んで作った名曲です。『雪』と並び称される珠玉の作であり、見え隠れする月の情景と儚い命の面影が静かに重なり合います。上方舞の情緒が深く息づく、美しくも切ない地唄舞をご堪能ください。