7月13日(月)、映画『大統領のケーキ』を見ました。
監督・脚本は、ハサン・ハーディ。
「いま伝えたい。実話から生まれた感動作」
「知られざる宝物のような物語!」
(チラシ)
と、チラシにあり。
おそらく、見終えて、心地よい感動が心に残るのだろうと考えていました。
しかし、後味の悪い作品。
見終えて、苦味ばかりが舌先にこびりついて。
イラクが舞台。
主人公のラミアの住むところは、都会から遠く離れ。
しかも、イラクというと、砂漠地帯を思い浮かべますが、そこは湿地地帯。
南部の、『メソポタミア湿地帯』。
ラミアの家は、葦で出来た『島』の上にあり、学校に通うのも、自分で小舟を操り。
もともと、迫害を受けて、劣悪な環境に追いやられた人びと。
当然、各家族とも、生活は貧しく。
で、大統領のサダム・フセインが、自分の誕生日には、みんながケーキを作って祝え、と。
学校でも、その日にあわせて、毎年、クジで『大統領のケーキ係』決めて。
そのクジの日。
ラミアは、学校に行きたくないものの、サボることも出来ず。
クジ引きの前に、トイレに逃げる作戦も失敗し。
そして、クジ引き。
ラミアが当たってしまい。
貧しい暮らし。
老いた祖母との暮らし。
両親は、すでに亡くなっていて。それは、アメリカとの戦争により。
アメリカとの戦争は、病院の様子や、街の様子にも描写されています。
経済封鎖により、病院には、満足な薬もなく。
ラミアが探し求める砂糖も欠乏し。
で、ラミアは、祖母に連れられ、ケーキの材料の卵、小麦粉、ふくらし粉、そして、砂糖を求め、町へ。
そのラミアに、次々と押し寄せる無慈悲、理不尽な『現実』。
なんとも、なんとも痛ましくて。
町には、至るところに、フセインの写真が飾られ。
人びとは、大人も子どもも、フセインの名を歓呼し。
その熱狂。
その一方で、アメリカの空爆により、町は破壊され、人びとは、死んだり、傷ついたり。
戦争が、日常生活のなかに入りこみ。
で、ラミアに、救いは?
衝撃的ラスト。
一瞬で、スクリーンは『世界』を失い。
ラストは、実写のフィルム。
サダム・フセインが、その誕生日に巨大なケーキをプレゼントされて、そこにナイフを入れ。
巨大なケーキ。身長の2倍を越える、タワーのケーキ。
見終えて、どこでも『救い』はなく。
後味の悪さ。
しかし、
作品としては、強烈な後味の悪さを与えるだけの力あるもの。
ただ、見終えて、つらいのです。
監督自身の体験というのは、
学校で、大統領のケーキ担当になった子どもが、貧しくてケーキが作れず、退学させられて。
しかも、少年兵に組み込まれてしまったというもの。
ラミアの涙が、見終えたあとになっても、いつまでも目の前に残ります。
でも、お薦めの作品。
やはり、知らなくては。









アカデミー賞®国際長編映画賞のショートリストに選出され、カンヌ国際映画祭で新人監督賞(カメラ・ドール)、監督週間観客賞の2冠を果たすという、イラク映画史上初の快挙を次々と成し遂げた作品に世界が熱狂!
舞台は1990年代、独裁政権下のイラク。人々が戦争と食糧不足に苦しむなか、フセイン大統領は自身の誕生日を祝うケーキを作るよう、国内の各学校に命じていた。クラスでくじ引きが行われ、9歳の少女ラミアがケーキ係に指名される。もし、用意できなければ重い罰が待っていた。そんな、ニュースでは報道されない知られざる世界を、ハサン・ハーディ監督が自らの体験をもとに描き出す。さらに、キャストは全員が演技未経験者。撮影はイラクで行われ、世界遺産にも登録された南部のメソポタミア湿地帯など、初めて目にする映像がスクリーンに躍る。
未来を恐れず、過去を嘆かず、親友の少年と目の前の困難にひとつずつ向き合うラミア。そのたくましさと生命の輝きが、不安な時代を生き抜くための力をわたしたちに思い出させてくれる。宝物のように大切にしたい物語。
ストーリー
祖母と二人で暮らす9歳のラミアは、学校のくじ引きで「大統領のケーキ係」に選ばれてしまう。フセイン大統領の誕生日に、お祝いのケーキを準備する係だ。翌朝、ラミアは祖母に連れられて、父の形見の時計と、“友達”の雄鶏ヒンディとともに町へ出かける。だが、日々の食卓も満足に揃えられない祖母の目的はケーキではなく、ラミアを養子に出すことだった。思わず逃げ出したラミアは、自らの手でケーキの材料を集めれば、祖母との暮らしを続けられると信じて、クラスメイトのサイードと協力して町を駆け回る。十分なお金も時間もなく、あるのは知恵と想像力だけ── はたして、“名誉あるケーキ作り”の行方は?