4月7日(火)、『ナースコール』を見ました。
病院の、過酷な現場。
そのなかで、患者に寄り添い、誠実に対応しようとすればするほど、心も、体も、ぼろぼろになっていく看護婦。
ドキュメンタリーではありませんが、
看護婦フロリア(レオニー・ベネシュ)を追うカメラ。
観客は、一体となって、フロリアと行動をともにし、その感情に同化し。
で、見ていて、くたくたに。
監督・脚本は、ペトラ・フォルペ。
邦題は、『ナースコール』。
英語題は、『Late Shift』。
で、もともとの題は、『HELDIN(ヘルディン)』。ドイツ語で、女性の英雄。ヒロイン。
多くの入院患者をかかえた大病院。遅番で勤務についたフロリアは、スタッフの一人が病欠であることを知り。
で、看護婦ふたりと、研修生ひとりで、対応することに。
ほぼ満床の病室。
そこには、多種多様な患者、その家族がいて。
各病室をまわり、患者の様子を確認し、血圧を計り、体温を計り。
痛みのあるなしを聞き。痛みがあれば、鎮痛剤を処方し。
そのたびごとに、手指消毒。その手際の良さ。というより、すべての患者に対応するためには、無駄な動きはしていられない。
なんとも、見事な『型』になっていて。
フロリアの目の前にいるのは、それぞれ疾患をかかえる患者たち。
患者たちは、不安をかかえ、死への恐怖に苦しみ。
それゆえの孤独を訴えて。
患者たちは、自らの、どうにもならない思い、苛立ちを、看護婦にぶつけ。
看護婦は、それを受け止め。受け止めようとして。
そして、挿入された、フロリアの家族のこと。
離婚を前提にしての別居。
まだ小さい娘は、父親のもとにあり。
母親との会話を面倒がり。
鎮痛剤を間違えて与えてしまい。
巡回の最後に予定していた老婦人が、巡回の前に亡くなってしまい。
それでも、フロリアの希望につながるエピソードが最後に。
しかし、映画は終わっても、フロリアの人生は続き。看護婦の日常は繰り返され。
明日も、明後日も。
最後に、WHO が、2030年には、全世界で、看護婦が1200万人不足するとの報告をしている、とのテロップが。
お薦めの作品。






とある州立病院の外科病棟に出勤したフロリアは、プロ意識が強い看護師だ。人手不足が常態化している職場はただでさえ手一杯だが、この日の遅番のシフトは普段以上に過酷だった。チームのひとりが病気で休んだため、フロリアはもうひとりの同僚と手分けして26人の入院患者を看て、インターンの看護学生の指導もしなくてはならない。それでも不安や孤独を抱えた患者たちに誠実に接しようとするフロリアだったが、患者の要望やクレーム、他の病棟からひっきりなしにかかってくる電話、緊急のナースコールへの対処を迫られ、とてもひとりの手には負えない苦境に陥っていく。やがて極限の混乱の中、投薬ミスを犯して打ちひしがれたフロリアは、さらなる重大な試練に直面することに……。
第75回ベルリン国際映画祭でワールド・プレミア上映された本作は、多くのインターナショナルメディアで批評家に絶賛され、米国映画批評サイト「Rotten Tomatoes」では97%フレッシュの高評価を獲得(26年1月27日時点)。4週連続1位に輝いた本国スイスのみならず、近隣のドイツ、オーストリアで大ヒットを記録し、第98回米アカデミー賞®国際長編映画賞の最終候補リスト<ショートリスト>に選出された。
人手不足の満床病棟で、絶え間なく看護師に降りかかる激務と不測のトラブルを、緻密なリアリティと臨場感あふれる濃密なスリルで描く。『ありふれた教室』『セプテンバー5』の実力派女優レオニー・ベネシュが魅せる圧巻演技とカメラワークの見事な連携が、まるで観客が疑似体験するような驚異的な没入感の体感型映画を生み出した。ひとりの女性看護師の視点で、病院という空間をまさしく現代社会の縮図として描き上げたスイスの女性監督ペトラ・フォルペは、看護師という職業について「私たちの社会で最も高く評価され、尊敬されるべき職業で、彼ら/彼女たちは毎日大きな責任を背負っている。だからこそ私は、この職業を称える映画を作りたかったのです」と語っている。