3月4日(水)、ザ・スズナリで、serial number の『海の凹凸』を見ました。


作・演出、詩森ろば。


すでに、この公演は終了しています。


この『海の凹凸』は、2019年に、俳優座により、眞鍋卓嗣の演出で上演。

今回は、その改訂版を、作者自身の手で演出。


舞台は、1980年代。東京。

東亜大学で、公害問題を対象とする市民講座を主宰する宇田純一(杉本隆幸)のもとに集まった人びと。

その中心となるのが、大学近くで印刷所を営む安元栄司(西原誠吾)。

市民講座の記録をまとめてほしいとの依頼を受けたことがきっかけで、『水俣』に深く関わり。

そこに、横浜で勉強会を主宰する加山タカ子(川田希)が、水俣の資料を借りに来て。それがきっかけで、この講座に入れ込み。


水俣を描く作家・石邑水奈子(竹下景子)も、訪れて。


「宇田の講義の多くを宇井純氏の『公害原論』から引用させて頂きました。また物語は事実に取材しておりますが、フィクションです。」(詩森ろば)

とありますが、すぐに、宇井純(1932~2006)が浮かび。

大学で、21年間、助手であったことも重なります。

また、石邑水奈子の設定は、石牟礼道子(1927~2018)が。


10年あまり、宇田のもとで、市民講座に関わって来た安元。

しかし、宇田が沖縄の大学に移ることになり。

大学での市民講座がなくなることになり。

水俣にのめり込み、妻や子どもをかえりみることのなかった安元は……。


安元が選んだ道は、水俣に移り、チッソ工場の前てバリケードをはる人びとと連帯する道。そのために、離婚し。

同志として、加山タカ子を誘い。

加山も、家庭を整理して。


安元は、妻に内緒で、通帳から金を引き出し。まとまった金が出来たら返すとの置き手紙を残して、水俣へ。


見終えて、やはり、登場人物に、共感出来ないものをあらためて感じました。


安元の言葉に、宇田という天才的存在に導かれている講座は、その宇田がいなくなれば、成り立たない、と。

それは、自明のこと。

ならば、なぜ安元は、その事態を予測しながら、その対策を考えて来なかったのか。

なぜ安元は、講座の仲間とともに、自主的に勉強会、加山のように、始めようとはしないのか?、とかとか、あれやこれや考えてしまうのです。

そして、生活の基盤を持たないまま、いきなり水俣に行き、どうするのか、どうなるのか?、とかとか。


もっとも、作者自身が、

「支援者たちの綺麗ごとばかりではない心の軌跡を辿る旅」と。


もっとも、では、あなたは、どのような行動をおこしたのかと問われると、その言葉は、胸に突き刺さるのですが。







公式サイトから


1980年代、東京。東亜大学で公害に関わる市民講座が開催されていた。大学近くで印刷屋を営む安元は、その講座の記録をまとめてほしいと依頼を受けたことを機として水俣に深く関わるようになる。


それから10年あまり、水俣病はじめとする公害問題の解決を見ないまま、講座は少しづつ衰退し、最後の時間を迎えようとしていた。

そこに横浜で水俣病の勉強会をしたいという希望を持った加山が訪ねてくる。

そして。


 <本作品の企画意図>
2024年熊本市において環境省と水俣病患者との慰霊式後の懇談の場で、時間になったからとマイクを切られ強制終了された。水俣病が発生してから約70年。政府にも自治体にも加害企業にも、当時の人たちは当然ながら存在せず、ニュースを受け取る人たちにも水俣病がなにかを正確に説明できる人はほとんどいないなか、当事者である患者だけが一生続く長い病と戦い続けている。その声が闇のなかに葬り去られる前に、演劇のかたちで彼らの痕跡をとどめたいと考え企画した。


 <作・演出の詩森ろばによるコメント>
わたしの作家としての方向性を決定づけたのは中学生の時に読んだ石牟礼道子さんの『苦海浄土』です。水俣を描いたフィクションとノンフィクションを横断するこの文学に出会ったことで、わたしの人生は大きく決定づけられたと言っても過言ではありません。それから数十年、ジャーナリズムでなく、演劇のかたちで社会と向き合うことや、そのための在り方を、今も灯台のように照らし続けてくれています。

厳しい水質や大気の管理によってかたちとしての公害病は発生していませんが、今も変わらない経済重視の在り方で、世界的にも環境が破壊されており、それを生み出す社会構造はむしろ悪い方向へと向かっているように見えます。また国と企業のあいだで患者たちの人生が守られなかった痛みは、弱者を切り捨てていく現代へと繋がっている気がしてなりません。

水俣病は70年前の昔話ではなく、今を生きる私たちが学び、省み、そして生かしていかなければならない問題なのだということを、支援者たちの綺麗ごとばかりではない心の軌跡を辿る旅を通じて、伝えられたらと思っています。