6月22日(土)、METライブビューイングの、今季の最後となる『蝶々夫人』を見ました。


ジャコモ・プッチーニ(1858~1924)の作曲。


原作は、デヴィット・ベラスコの同名戯曲。


プッチーニが、その芝居を見て、言葉はわからなかったものの、いたく感動し、


ルイージ・イリッカとジュゼッペ・ジャコーザに台本を依頼。


初演は、1904年2月17日、ミラノ・スカラ座。

しかし、これが大失敗。

で、プッチーニは、すぐに5月には、第2版を。

現在は、1906年に改訂した版を。

と、幾多の曲折があって。


この舞台は、アンソニー・ミンゲラ(1954~2008)の演出によるもの。


メトロポリタン歌劇場の総裁となったピーター・ゲルブが、ミンゲラに声をかけて。

アンソニー・ミンゲラにとっては、初めてのオペラ演出。


アンソニー・ミンゲラというと、アカデミー賞監督賞を受賞した『イングリッシュ・ペイシェント』(1996)が、特に知られていますが。


2006~07のシーズンに初演を迎え。

好評で、2008~09のシーズンにも。

そのシーズンのものが、MET ライブビューイングとして、2009年3月28日から4月3日にかけて上映され。


文楽の三人遣いの人形に影響を受けていて、それが、衝撃的でした。


今回の指揮は、シャン・ジャン(1973~)。

中国の遼寧省丹東に生まれ、1998年に、アメリカに移住。

MET 、初登場です。


プッチーニの音楽は、心の琴線をふるわせ、涙腺をゆるませ。


土曜日ということで、観客もまあまあいたのですが、周囲の人たちも、涙をぬぐいつつ。


物語は、まさに『メロドラマ』。


男は、遊びのつもり。

しかし、女は、男の愛を信じて。

そして、裏切られて。

女は、死を選ぶしかなく。


物語の展開も、その結末も、しっかりと承知しているのに。


舞台は、1890年代の長崎。

アメリカの海軍士官ピンカートンは、現地妻として、蝶々夫人と呼ばれる少女と『結婚式』をあげる。

ピンカートンは、寄港地ごとに出会う女性たちとの、仮初めの愛を楽しく語り。アメリカに戻ったら、結婚するとも語り。

それを、アメリカ領事のシャープレスは、純真な少女を悲しませてはいけないと、釘をさすのですが。


もともとは、武士の家に生まれた蝶々夫人。

父親が、罪を負って、腹を切り。

家は没落。

15歳の少女は、芸者として働くようになり。

しかし、酒席で、男たちに尽くす仕事をきらい。

この『異人』との結婚に、自らの生きる道を定め、そのために、キリスト教に改宗。それは、母をはじめ、親類や縁者との関係を断つことであり、蝶々夫人は孤立し。頼ることが出来るのは、夫であるピンカートンだけ、と。


そのピンカートンは、蝶々夫人を残して帰国。


時が経過し。

生活にも困窮するようになり。


その蝶々夫人を守るのは、女中のスズキだけとなり。


そして、三年。


蝶々夫人を、アスミック・グリゴリアン(1981~ リトアニア出身)。

その、なんとも美しいソプラノ。情感たっぷりに。切々と、その思いを、ドラマチックに歌い上げ。

これが、MET デビュー。


ピンカートンを、ジョナサン・テテルマン(1988~ チリ出身)。

前回の『つばめ』にも登場して。

なんとも艶やかなテノール。

今季が、MET デビュー。


アメリカ領事シャープレスを、ルーカス・ミーチェム。

スズキを、エリザベス・ドゥショング。


このミンゲラの演出には、文楽の影響を見ることが出来ます。


蝶々夫人と、ピンカートンとの間に生まれた男の子を、三人遣いの人形として。


そのことを、ミンゲラは、

「子役は時にドラマとは関係のない部分で観客の注意を引き付けることが多く、劇的な緊張を殺ぐ危険性がありため、使用を避けたかった」と。


「果たしてロンドンを本拠地とするプラインド・サミット・シアターのメンバーが黒衣として操る人形は、舞台の上では本物の子ども以上に表情豊かで、涙を誘った。」

(『MET ライブビューイング 2008-2009』のプログラム)


3年後に、再び寄港したピンカートンの訪れを、一晩、蝶々夫人は、寝ずに正座したまま、身じろぎもせず待ち続け、そのときの『思い』が、幻想のなかで、蝶々夫人の三人遣いの人形と、ダンサー演じるピンカートンとが、ともに踊る場面にも。

美しく、そして、悲しく、せつなく。

心に、じんじんと迫って来ます。


また、障子などの動きをはじめとする場面転換も、黒衣が。

そのきびきびとした所作。

黒衣、見えるけれど、見えないという約束事。


それにしても、人形の男の子、人形の蝶々夫人。

なんとも、表情豊かで。

人間が演じることで、まとわりついてしまうもろもろのモノが純化されて。

そこにいるのは、『役』を生きる存在だけ。


文楽の魅力、です。

文楽も、三味線という、観客の情感に直接響いて来る音楽を用いて。


蝶々夫人の、誠実な愛に、後悔するピンカートン。

妻となったケイトを残して、蝶々夫人との再会の場を逃げ出すのですが。


男の子まで、奪われて、蝶々夫人は、自刃。


その死を、ピンカートンは、見届けることに。


ここでも、赤い布を巧みに用いて。

日本の、歌舞伎なども含めての伝統。


浅利慶太演出の『蝶々夫人』も、そうした日本の伝統の上にあって。

見事な演出。

例えば、蝶々夫人の最期。

白い着物に身をつつんだ蝶々夫人。

白い布の敷き詰められた上での自刃。

白の世界。

すると、その白い布がゆっくりと四方に引っ張られて、その下に、真っ赤な布が少しずつ姿をあらわし。

一面の真紅の世界。

その色彩の美しさ。


この『蝶々夫人』が、『ミス・サイゴン』となり。


『ミス・サイゴン』。

アラン・ブーブリル、クロード=ミッシェル・シェーンベルクの作。

音楽は、クロード=ミッシェル・シェーンベルク。

1989年に、ロンドンのウェストエンドで初演。

1991年に、ブロードウェイ。

で、1992年に、日本初演。帝国劇場で。


何回か、見ました。


ニューヨークに行った時には、ブロードウェイでも。


2026年に、再び始動するので、そのためのオーディションがおこなわれます。


原作は、もちろん、『蝶々夫人』。


プッチーニの音楽は、ドラマチック。

やすやすと、心を奪われて。


今回、メロドラマの『メロ』が、『メロデイ』から来ているということを知りました。

『メロメロになる』の『メロメロ』は、『メロデイ』ではなく、鎌倉時代には、すでに使われていたことも知りました。


ふと『メロドラマにメロメロになる』というフレーズが浮かんだので。









冒頭の場面。