6月12日(水)、歌舞伎座で、『六月大歌舞伎』昼の部を見ました。


最初の演目は、『上州土産百両首』。


川村花菱の作。

演出は、齋藤雅文。


初演は、1933(昭和8)年。6代目菊五郎と、初代吉右衛門により。


原作があって、オー・ヘンリーの『二十年後』がもとになっています。


幼なじみの正太郎(獅童)と、牙次郎(菊之助)が、偶然に再会し。

その別れ際、腕のいい板前でありながら、スリとなっていた正太郎は、つい牙次郎の財布を。

兄貴分の金的の与一(錦之助)、弟分のみぐるみ三次(隼人)のもとに戻り、その財布を確認すると、わずかな金しかなく、牙次郎の生活が思いやられ。

しかし、気がつくと、自分の財布がなく。牙次郎にすられたものと。

その財布に、住所を記した紙が入っていて。

牙次郎が、正太郎のもとに財布を返しに。


あらためて、ふたりして悪の道から足を洗うことを約束し、10年後に会おうと。


という物語の展開。

その展開自体、きわめてわかりやすい構図。

登場する人物も、きわめてわかりやすい性格。


偶然の再会が『起』であり、再会を約束して別れたのが『承』。


で、『転』があり。


そして、お尋ね者となった正太郎と、岡っ引きとなった牙次郎との、浅草、聖天様の森での再会という『結』。


ただ、「意外な結末」と紹介されているのですが。

必然的な『結』ではないのか、と。


岡っ引きの親分の隼の勘次を、歌六。その女房のおせきを、萬次郎。

館林の料理屋の主人宇兵衛を、錦吾。その娘のおそでを、米吉。


と、獅童、菊之助をはじめとして、役者が揃い、それぞれの持ち味を発揮。


まとまった舞台。


見たことはありませんが、松竹新喜劇で、藤山寛美が牙次郎を演じ、牙次郎を中心にした、大坂を舞台にしたものもあるそうで。

藤山寛美の舞台中継が、よくテレビで放映されていて。また、長じて、その生の舞台を見ることもありで、その演技者としての天才ぶりを実感しています。

牙次郎を演じる寛美の姿、その声が、実体を持って浮かんで来ます。


次の演目が、『義経千本桜』の道行きのひとつ、『時鳥花有里』。


兄の頼朝から謀反の疑いをかけられた義経(又五郎)が、家来の鷲尾三郎(染五郎)とともに、河内から龍田を越えて大和に向かう様子描く、長唄の舞踊劇。


その道中で出会った白拍子(左近、児太郎、米吉、孝太郎)と傀儡師種吉(種之助)。


ただ、『舞踊』は苦手なのです。

長唄の詞章が、なかなか入って来ないのです。

踊りの、その動き、仕草が、『言葉』として、伝わって来ないのです。


見た目の華やかさ、それは楽しめるのですが。


心に、ズドンと来なくて。


26分の舞踊劇。


最後に、『妹背山婦女庭訓』の『三笠山御殿』。

前後がなくて、『御殿』だけ。


蘇我入鹿の三笠山御殿。

そこに、その妹の橘姫(七之助)が戻って来ます。それを出迎える官女たち。

すると、橘姫の振袖に赤い糸が。その糸をたどると、橘姫のあとを追って来た

求女(萬壽)があらわれて。


萬壽、5代目時蔵あらため萬壽。夜の部で、劇中での襲名披露がおこなわれます。


橘姫の七之助、美しいのですが。どこか、冷たさを感じて。

萬壽の求女、みずみずしく。


ふたりは御殿の奥に導かれ。


そこに、求女を追って、杉酒屋の娘お三輪(時蔵)の登場。


求女の裾につけた白い糸が切れてしまい、あたりを探すお三輪の前に、豆腐買おむら(仁左衛門)が、その娘のおひろ(梅枝)を連れて。


で、仁左衛門の挨拶により、6代目時蔵、その息子の梅枝(初舞台)の、襲名披露の口上。

仁左衛門の、あたたかく、また、こころのこもった言葉。


花道からも、新時蔵に、声をかけ。

仁左衛門、梅枝を連れて、万雷の拍手のなかを。


で、舞台は、

奥で、求女と、橘姫との婚儀がなされていることを知ったお三輪は。


そこに登場した官女たち。

歌六、又五郎、錦之助、獅童、歌昇、萬太郎、種之助、隼人。

萬屋、小川家の人びと。


いつもならば、脇をつとめる役者たちの役割。

それが、それぞれに存在感のある役者たちが並び、壮観。

もちろん、そのために、お三輪の影が、薄くなったことはあるにしても、襲名の『ご馳走』。


新時蔵、官女たちにいたぶられ、もてあそばれ。ズタズタにされ、ボロボロにされ。


新時蔵のお三輪の、田舎娘の素朴さ、可憐さ。それが、求女を慕う熱情に突き動かされて。

しかし、その結果として、怒りと嫉妬に狂わされて。


そこにあらわれた鱶七(松緑)に。


疑着の相の女の生き血を求めていた鱶七。実は、金輪五郎今国。


蘇我入鹿を倒すために、その生き血が必要。


で、鱶七は、お三輪に、これは、求女のためであり、来世では、その女房になれるから、喜べ、と。


『妹背山婦女庭訓』は、好きな作品のひとつです。

その長い長い物語に、さまざまな『ドラマ』が絡み合っていて。


このお三輪も、多くの役者で見て来ました。


かなり前のことですが、歌右衛門のお三輪と、若さが匂っていた玉三郎のお三輪を見て、祖父に、玉三郎の方がきれいだったと言って、あきれられたこと、今でもはっきりと浮かんで来ます。


この新時蔵、大輪の香りが。


しかし、それにしても、仁左衛門の存在の大きさ。

あらためて。


いつまでも、その舞台を見続けていきたいものです。



公式サイトから。

川村花菱 作

齋藤雅文 演出

一、上州土産百両首(じょうしゅうみやげひゃくりょうくび)
正太郎
牙次郎
宇兵衛娘おそで
みぐるみ三次
亭主宇兵衛
勘次女房おせき
金的の与一
隼の勘次
    
    菊之助
    
    
    
    萬次郎
    錦之助
    
二、義経千本桜(よしつねせんぼんざくら)

所作事 時鳥花有里(ほととぎすはなあるさと)

源義経
傀儡師種吉
鷲尾三郎
白拍子伏屋
白拍子帚木
白拍子園原
白拍子三芳野
    又五郎
    種之助
    染五郎
    
    児太郎
    
    孝太郎

六代目中村時蔵 襲名披露狂言

三、妹背山婦女庭訓(いもせやまおんなていきん)

三笠山御殿劇中にて襲名口上申し上げ候

杉酒屋娘お三輪
漁師鱶七実は金輪五郎今国
入鹿妹橘姫
おむらの娘おひろ
官女桐の局
官女菊の局
官女芦の局
官女萩の局
官女桂の局
官女柏の局
官女桜の局
官女梅の局
烏帽子折求女実は藤原淡海
豆腐買おむら
梅枝改め
    
    七之助
 初舞台
    
    種之助
    萬太郎
    
    
    錦之助
    又五郎
    
時蔵改め
    仁左衛門


一、上州土産百両首(じょうしゅうみやげひゃくりょうくび)
運命に抗えない男たちを描いた感動作

 幼馴染の正太郎と牙次郎。二人は偶然の再会を喜びますが、互いの懐から財布を抜き取って掏摸(すり)を働いてしまったことを嘆きます。互いに堅気となって真面目に生きようと誓い合うと、二人は美しい月夜に照らされた浅草・聖天様の森で10年後の再会を約束するのでした。弟のように慕う牙次郎を思い、板前としてこつこつと働いて金を蓄えていた正太郎ですが、ある日、昔馴染みの三次から強請られてしまいます。一方の牙次郎も心を入れ替え岡っ引きとして働いていますが、ドジな性分は変わらず、成果を上げられずにいます。そして、二人は月夜に照らされた運命の日を迎えますが…。
 米国の作家オー・ヘンリーの短編小説を下敷きに、劇作家の川村花菱が相手を思う気持ちを丹念に描き、昭和8(1933)年に初演。意外な結末を迎える感動作にご期待ください。

二、義経千本桜(よしつねせんぼんざくら)
千本桜から生まれた華やかな舞踊

 源平合戦で功績を上げながらも、兄の頼朝から謀反の疑いをかけられ、都落ちする源義経。義経と家臣の鷲尾三郎が道中で出会った白拍子と傀儡師は、義経主従の旅の慰めに芸を披露しますが、その正体は…。
 三大名作『義経千本桜』の道行といえば、「吉野山」が定着していますが、江戸時代にはさまざまな道行がつくられました。本作は義経主従が河内から龍田を抜けて大和へ向かう様子を長唄の舞踊で描きます。華やかなひとときをお楽しみください。

三、妹背山婦女庭訓(いもせやまおんなていきん)
時代に翻弄された一途な恋

 謀略を巡らし権勢を誇る蘇我入鹿の三笠山御殿へ、入鹿の妹の橘姫が戻ってきます。橘姫の振袖に赤い糸をつけて後を追いかけて来た恋人の求女が現れると、二人は御殿の中へ…。そこへ、求女を追ってやって来たのは、杉酒屋の娘お三輪。恋い慕う求女の裾につけた苧環の白い糸が切れてしまい途方に暮れるお三輪は、通りかかった豆腐買おむらにその行方を尋ねます。すると、これから橘姫と求女が祝言を挙げるとのこと。御殿の中へ急ぐお三輪でしたが、橘姫の官女に弄ばれた挙句、聞こえてきたのは祝言を祝う声。嫉妬に狂い、凄まじい形相となったお三輪が中へ押し入ろうとすると、漁師鱶七が立ちはだかり…。
 大化の改新を素材とした『妹背山婦女庭訓』。ドラマチックな展開の「三笠山御殿」は、恋人を思うお三輪の切なく情熱的な恋心が胸を打ちます。新時蔵が女方の大役であるお三輪を勤め、出演者より劇中口上が行われる襲名披露狂言。重厚かつ壮大な歴史ドラマをご堪能ください。