6月5日(水)、METライブビューイングで、『つばめ』を見ました。


ジャコモ・プッチーニ(1858~1924)の作曲。


台本は、ジュゼッペ・アダーミ。


この作品、プッチーニの他の作品、例えば、『ラ・ボエーム』『トスカ』『マダム・バタフライ』『トゥーランドット』などにくらべると、上演される機会が少ないのです。


幕間のインタビューなどでも語られましたが、プッチーニの他の作品と異なり。

つまり、劇的な展開に欠けて。

劇中、誰も死なないという、冗談も出て。


確かに、お腹の底に、ずしりとは来ないのです。


というのも、もともと、プッチーニが、ウィーンの劇場からオペレッタ作品を依頼され。それが、最終的に、3幕のオペラとなり。


個人的に、『オペレッタ』は、あまり好みではありません。

体全体に衝撃があるような、ドカンとした作品が好きなのです。


で、初演は、1917年3月27日、第1次世界大戦の影響の少ない、モナコのモンテカルロ歌劇場。


メトロポリタン歌劇場での初演は、1928年。

1936年に再演があり。

しかし、その後、長らく上演は途絶えて、ようやく、2008年に、ゲオルギューが、アラーニャを使い。

プーチンとの親密な関係から、MET を追放されているゲオルギューです。


今回の舞台は、ニコラ・ジョエル(1953~2020)の演出。


指揮は、スペランツァ・スカップッチ(1973~ )。


このニコラ・ジョエルの演出について、プログラムに、

「奇をてらわず知的で繊細なアプローチをする演出家」と。


言い方を変えるならば、刺激的ではないのです。

個人的感想ですが。


主人公は、マグダ。

銀行家のランバルトの愛人。高級娼婦とも呼べます。


舞台は、そのマグダのサロンから始まります。

贅沢を尽くした室内。着飾った人びとが集まり。


そこへ、ランバルトの友人の息子ルッジェーロが、父親を尋ねてやって来ます。


舞台は、ブリエの店。

身なりを押さえて、つかの間の開放を味わうマグダ。

そこで、ルッジェーロと出会い。

ルッジェーロには、マグダが、あのマグダであるとはわかりません。

一気に、両者の愛が燃え上がり。


さらに舞台は、地中海に面した別荘。

そこを借りての、ルッジェーロとマグダの生活。

マグダは、ランバルトのもとを去って。


しかし、ふたりは、経済的に追い込まれ。

ルッジェーロは、マグダとの結婚の許しと、また、経済的援助を親に。


それは、マグダが、これまでどのような生活をして来たかを、その『身分』を、ルッジェーロに知られることでもあり。


結果、ランバルトが、これまでのいきさつを捨てて、マグダを待っていることを知ると、マグダは、再び、彼のもとに。


題名の『つばめ』は、第1幕で、詩人がマグダの手相を見て、

「あなたは恋に落ちて、つばめのように海を渡り、恋が終わって再びつばめのように舞い戻る」と予言したことによります。


『金の切れ目が縁の切れ目』?。


ルッジェーロは、別荘の賃貸料が払えなくなり、他にも、次々と請求書が届いて。

窮地に追いやられて、親に無心。


で、思うのですが、地中海に面した贅沢な別荘で、優雅な生活。

しかし、愛があれば、たとえ六畳一間の慎ましやかな暮らしでも、生活は成り立つのではないかと。

そもそも、なぜ、ルッジェーロにしても、マグダにしても働かないのか。

働くという発想が、まったくない。

確かに、時代状況は、違うのですが。


『高等遊民』の世界。


『ラ・ボエーム』とは、異なる世界。


マグダは、再び銀行家ランバルトに囲われて。

ルッジェーロは、親の庇護のもとに入って。


優雅な、贅沢な暮らしのなかに埋没していき。


と、なにやら、貧困にあえぐ者の、恨みつらみに満ちてしまいましたが。


ただ、マグダのエンジェル・ブルー。

今や、彼女が、メトロポリタン歌劇場の『華』。


そして、今回がメトロポリタン歌劇場デビューの、ルッジェーロのジョナサン・テテルマン。


また、やはりメトロポリタン歌劇場デビューの、詩人プルニエのベクゾッド・ダブロノフ。

同じく、デビューを飾った、マグダの小間使いのリゾットのエミリー・ポゴレルツ。


その他の歌手も、実力があり、聴きごたえがありました。

それだけでも、満足すべきなのでしょうが。


『ドラマ』の弱さが。


開演前に、メトロポリタン歌劇場総裁のピーター・ゲルブが幕前に出て来て。

客席の緊張。

開口一番、「歌手の休演のお知らせではありません」。

客席からの安堵の拍手。

ただ、ルッジェーロ役のジョナサン・テテルマンが、花粉症のために、本調子でないことをご承知ください、と。


幕間のインタビューに登場したテテルマン、これまでの公演は大丈夫だったが、今日に限って、アレルギー症状が出てしまったと。

また、彼は、もともとはバリトンだったのをテノールに転向したのですが、

今日は、バリトンに戻っているかもしれない、と。


しかし、なんとも、のびのあるテノールでした。


もっとも、同じテノールのプルニエ役のダブロノフの声が、軽やかに突き抜けていくテノールであったのに対して、少し重めで。


このジョナサン・テテルマンは、次のMET ライブビューイングの『蝶々婦人(マダム・バタフライ)』にも、ピンカートンとして登場します。


同じ、プッチーニ作品。


この、アンソニー・ミンゲラ(1954~2008)演出の『蝶々夫人』は、2006-07のシーズンにも、登場。

文楽の三人遣いの人形を用いての、斬新な舞台、とても印象に残っています。


この『蝶々夫人』で、今シーズンのMET ライブビューイングは、幕を下ろします。