5月23日(木)、歌舞伎座の五月團菊祭の夜の部。
歌舞伎座に入って、中村歌六が体調不良で休演ということを、はじめて知りました。
『歌舞伎美人』などをチェックしていれば、事前にわかったことなのですが。
20日からの休演とのことで。
で、最初の演目は、『伽羅先代萩』。
その『御殿』、『床下』。
で、歌六は、八汐を演じることになっていましたが、それを中村志のぶ。
志のぶは、もともと、松島を演じていたのですが、演出として、松島の役を消して。
歌六という役者、好きな役者なので、残念ではありましたが、代演が志のぶであるので、かえって楽しみでもありました。
で、八汐という、いわば悪役なのですが、それを見事に演じて、あらためて、その実力を確認しました。
悪の、太い線をくっきりと描き、その奥深さを。
政岡を菊之助が演じていますが、この『御殿』、八汐は、その政岡と対等に渡り合わなくては、舞台が成立しません。
それを、堂々と、四つにがっぷりと組んで。
千松を、その突き刺した刃で、さらにえぐる、むごたらしさ、その憎々しさ。そして、その美しさ。
声量も豊かで。
以前、世田谷パブリックシアターで、『ハムレット』のオフィーリアを演じ、その美しくも、見事な演技に驚いたものですが。
それはロンドンでも上演し、絶賛されたのですが。
それだけに、歌舞伎座の大舞台で、脇にいる姿を見ていると、その実力を知っているだけに、何とももったいない、と。
で、観客の拍手も、代演ご苦労様ということもあるのでしょうが、一番大きくて。掛け声もかかり。
知らずに見ている海外からの観客は、彼が一番のスターだと思ったのでは。
で、菊之助の政岡、すっかり、手のうちに入って。
しかし、今回は、『飯炊き』があり、そこがどうしても、ダレて。
かつて、6代目中村歌右衛門、その場面をたっぷりと演じていましたが。
むずかしい場面。
それでも、栄御前が登場し、緊迫したやり取りの場面になると、その存在感。
栄御前の持って来た、毒薬入りの菓子を、鶴千代に変わって、千松が飛び込んで来て、それを口に入れ。とたんに苦しみ出し。そこを八汐が懐剣抜いて、ぐぐっと刺して。
悶え苦しむ千松。
鶴千代を懐に抱えて、必死に守る政岡。
我が子の苦しむ姿を見ながらも、まわりに気取られまいと、思いをこらえ。
という、緊迫した場面の連続。
潮流が、一気にうなりをあげ。
栄御前を、雀右衛門。
雀右衛門の、『位置付け』を考えてしまいます。
歌舞伎界は、『家柄』を背景にしての、厳しい序列社会。人気や貢献度などなどにより、査定されて。
千松を、丑之助。
鶴千代を、種太郎。
沖の井を、米吉。
『床下』。
仁木弾正を、團十郎。
荒獅子男之助を、右團次。
次の演目が、『四千両小判梅葉』。
1885(明治18)年11月、千歳座での初演。
河竹黙阿弥の作。
安政2(1855)年に、無宿者富蔵と、浪人者の藤岡藤十郎の2人が、江戸城内のご金蔵から4000両を盗み出したという事件をもとに。
作品の登場人物も、富蔵、藤岡藤十郎の名前をそのまま残し。
序幕『四谷見附外の場』。
富蔵と、藤十郎が出会い、江戸城内のご金蔵に盗みに入る相談がまとまり。
富蔵が、松緑。
藤十郎が、梅玉。
場面としては、ここが一番おもしろかったのです。
富蔵の、表のにこやかな顔の裏にある、どす黒い世界の、底知れぬ奥深さ。
そうした人物を、松緑が、くっきりと描いて。
初役です。
一方の梅玉は、3度目。
かつては富蔵が仕えていた武家の若旦那。そのいいとこ育ちの雰囲気があり。しかし、気が弱く。
富蔵の豪胆との対比のおもしろさ。
2幕が『牛込藤岡内』で、ご金蔵から4000両を盗み出し、その重たい千両箱を背負い、闇にまぎれて、藤十郎の家に戻って来るところからはじまり。
次が、すでに捕まっている富蔵。唐丸籠に乗せられて、江戸に戻る途中の『熊谷駅』の場。
藤蔵の妻おさよ(梅枝)と、娘。藤蔵の父親の、うどん屋六兵衛との、今生の別れの場面。
そして、伝馬町の『牢内』。
ここは、その牢にいたことのある人物から話を聞いて作った、と。それだけに、牢の中の様子がどのようなものか、それを知ることの出来るおもしろさはあるのですが。
牢名主を筆頭にした階級社会。
その牢名主、歌六から彌十郎へと。
序幕のおもしろさ。今後の展開への期待。しかし、おもしろくならないのです。
富蔵と、その妻子と、彼の父親との別れ。
前の場の、『うどん屋』がないために、それぞれの人間たちが、背景を背負っていない。そのため、それぞれの『悲嘆』が、空疎なものに。
『牢内』は、伝馬町の牢は、こういうものであったと、その有り様を伝えるおもしろさはあっても、果たして、この物語、この物語の描く世界に、どこまで必要なのか、と思ってしまうのです。
ひとつには、生馬の眼八との『いきさつ』が省かれて来たために、この場面を通しての富蔵の内面が描かれていない、と。
また、今の観客が、どこまで、伝馬町の牢のことに興味・関心があるか、と。
牢内の、パワハラ、セクハラ。
田舎役者に、『すってん踊り』を強要し。渡辺保は、昔は、観客が爆笑したものだと。それが失われたのは、役者の、特に脇をかためる役者の『個性』が失くなったためだ、と。(渡辺保さんの歌舞伎時評のサイト)
今回も、客席は、静かでした。
そして、最後は、富蔵と藤十郎への、刑の申し渡し。
この作品、物語自体を解体し、もっと富蔵を全面に出して、その心情をも、しっかりと描くことが必要ではないかと思ってしまうのです。
役者云々以前に、問題があるように思ってしまうのです。
公式サイトから
一、伽羅先代萩(めいぼくせんだいはぎ)
乳人政岡の忠義と、大敵仁木弾正の妖しさ
乳人の政岡は、御家横領を企む執権の仁木弾正の一味から幼い鶴千代を守るため、御殿の奥で若君のための食事を用意しています。そこへ見舞いと称してやって来た栄御前が、持参した菓子を鶴千代に勧めるので、毒入りではないかと政岡は警戒。すると、政岡の息子千松はそれを察して飛び出すと菓子を口にします。俄かに苦しみ出した千松を、弾正の妹八汐は懐刀でなぶり殺しますが、我が子の無残な姿を前にしても動じない様子を見て、栄御前はすっかり気を許すと、政岡に御家横領の証拠となる連判状を渡します。一人になった政岡は、若君のため身替りにという教えを守った千松を褒め讃えますが、母としての深い悲しみに打ちひしがれます…。そんななか、1匹の鼠が突如現れると、連判状を咥えて去っていきます。御殿の床下では、鶴千代を守る荒獅子男之助が鼠と対峙すると、やがて仁木弾正が姿を現わし…。
江戸初期に起こった三大御家騒動の一つ「伊達騒動」を題材とした作品のなかでも代表作といえるのが『伽羅先代萩』です。我が子を殺されながらも忠義を尽くす乳人政岡の苦衷を描く「御殿」と、妖術を使って悠々と消えゆく仁木弾正の花道の引っ込みが眼目の「床下」。見せ場に富んだひと幕をお届けいたします。
二、四千両小判梅葉(しせんりょうこばんのうめのは)
江戸最大の御金蔵破りをもとにした異色作
江戸城を囲む外堀。夜も更けた四谷見附の堀端で、おでん屋台の商いをしている富蔵は、偶然通りかかった藤岡藤十郎と再会します。藤十郎は富蔵が以前勤めていた屋敷の恩義ある若旦那。遊女に入れ上げ金に困っている藤十郎は、恋敵の徳太郎から100両を奪おうとやって来たのでした。藤十郎の話を聞き、どうせ悪事を働くなら大きな仕事をと、江戸城の御金蔵破りを持ちかけます。後日、首尾よく御金蔵から4000両を盗み出した富蔵と藤十郎。事件のほとぼりが冷めるのを待った富蔵でしたが、生き別れた母に会うために向かった先の加賀で捕らえられてしまいます。江戸に護送される途上、熊谷の土手では別れた女房おさよが娘と父六兵衛とともに駆けつけ、降りしきる雪のなかで別れを惜しみます。やがて伝馬町の牢に入れられた富蔵は…。
幕末に江戸城で起きた御金蔵破りは、前代未聞の大事件でした。白浪物を得意とした名作者の河竹黙阿弥が、明治18(1885)年に初演した本作は、二人組の盗賊の役名に実名を用いるなど真に迫った内容で、特に牢内の様子が鮮明に描かれたことが評判を呼びました。町人ながらふてぶてしい富蔵と、武士でありながら小心者の藤十郎の性格の対照も印象的な、異色の白浪物をお楽しみください。
16時の段階で。
どちらの演目も、一幕見席は、満席状態。
圧倒的に、海外からの観客が。