4月16日(火)、国立文楽劇場で、第174回=開場40周年記念公演を見ました。


第1部が『絵本太功記』。

寛政11(1799)年7月、豊竹座で初演。

作者は、近松柳、近松湖水軒、近松千葉軒。


武智光秀(史実では、明智光秀)が、尾田春長(織田信長)を倒すという謀反を決意した天正10年6月1日から、真柴久吉(豊臣秀吉)との戦いに敗れ、小栗栖の竹藪で落命する13日までを、一日一段で描いています。

で、全13段。それに『発端』がついて。

長い長い作品なのですが、現在、歌舞伎では、『夕顔棚の段』『尼ヶ崎の段』を。

それが十段目なので、『太功記』の十段目、『太十(たいじゅう)』と呼んで。


今回の文楽公演では、珍しく『二条城配膳の段』『千本通光秀館の段』をつけて、光秀が、なぜ、春長を滅ぼす決意をしたのか、その経緯を明らかにしています。


ただ、やはり、物語がおもしろいのは、『夕顔棚の段』『尼ヶ崎の段』。


すでに、光秀は春長を本能寺で滅ぼし。

中国地方で戦っていた久吉が、光秀討伐の兵を進めて。


『夕顔棚の段』では、主人殺しの大罪を犯した、息子光秀を許さず、母のさつきが、光秀のもとを離れ、尼ヶ崎の閑居に。

そこに、光秀の妻の操と、十次郎の許嫁の初菊が見舞いに訪れて。


さらには、謎の旅の僧も訪れて。

さらに、十次郎も訪れて。


そして、『尼ヶ崎の段』。

光秀の登場。


登場人物がそろいます。


出陣し、討死を覚悟の十次郎。

その十次郎との祝言をあげる初菊。


旅の僧を、久吉とにらんだ光秀が、竹槍をついたところ、身代わりとなったのは、母のさつき。


そこに、深手を負った十次郎が戻ってきて、味方は全滅と。


さつきと、十次郎の死。


久吉と、光秀は、天王山で雌雄を決することを約束して。


ここには、多くの『人間ドラマ』が絡み合い、さまざまな『愛情』が重なり合い。そして、『死』が。

重厚な、そして、救いのない、ドラマ。


『夕顔棚の段』

三輪太夫と、團七。

『尼ヶ崎の段』

呂勢太夫と、清治。

千歳太夫と、富助。


人形役割

武智光秀を、玉男。

母さつきを、勘壽。

妻操を、勘彌。

武智十次郎を、玉勢。

嫁初菊を、簑紫郎。

真柴久吉を、玉佳。

など。


聴きごたえがあり、見ごたえもあり。


文楽のプログラムをあれこれと見ていたら、2007(平成19)年5月の、国立劇場での、第159回文楽公演。

『絵本太功記』の通し狂言。

第一部

発端『安土城中の段』。

6月朔日『二条城配膳の段』。

    『千本通光秀館の段』。

6月2日『本能寺の段』。

6月5日『局注進の段』。

    『長左衛門切腹の段』。

6月6日『妙心寺の段』。

第二部

6月7日『杉の森の段』。

6月9日『瓜献上の段』。

6月10日『夕顔棚の段』。

    『尼ヶ崎の段』。

大詰『大徳寺焼香の段』。


6月10日のあと、11、12、13日と経て。

光秀は、山崎の戦いで久吉に敗れ、その後、小栗栖で切腹。


大詰は、大徳寺での、尾田春長の法要。

その時に、三法師丸を推す久吉が、その場を牛耳り、重臣柴田勝家との対決となっていくというもの。


『太閤記』は、秀吉、あるいは久吉の物語。

しかし、『太功記』は、武智光秀を主人公にすえて。

『敗者』を描いて。


大河ドラマ、2020年は『麒麟がくる』で、明智光秀が主人公でした。


明智光秀というと、『主人殺し』の、『忠義』からはずれた者として、『悪役的』立場に置かれていましたが。


ひとつの作品、ひとつの物語世界に没入することの出来る『通し』狂言。

こうした公演を見たいのですが。


もっとも、大詰の『大徳寺焼香の段』は、原作にはない後世の増補作で、初演から38年後の天保8(1837)年に山田案山子(やまだのかかし)が書いたものといわれています。

(第159回文楽公演の『パンフレット』から)


第2部の、最初の演目が『団子売』。


団子売りの夫婦、杵造と、お臼。


明るく、楽しく、賑やかに。


杵造を、靖太夫。

お臼を、藤太夫。

三味線を、清志郎他。


人形役割

杵造を、玉佳。

お臼を、一輔。


そして、

『豊竹呂太夫改め

十一代目豊竹若太夫襲名披露 口上』


その襲名披露狂言が、

『和田合戦女舞鶴』。

元文元(1736)年3月、豊竹座で初演。

作者は、並木宗輔。

全5段。

鎌倉幕府の重臣である、北条氏と、和田氏との確執。

それを背景にして、我が子を殺さなくてはならない板額の悲劇。


以前、素浄瑠璃で聴いたことはありますが、人形を入れては、はじめて。


人間関係が複雑で、それが頭に入ってないと、おもしろさは半減してしまうのではないかと。


舞台は、将軍実朝の母北条政子尼公の館。


実朝の妹の斎姫を殺害した荏柄平太。

その政子尼公の館に、平太の妻の綱手と、一子公暁丸(きんさとまる)がかくまわれて。


政子から公暁丸の命を救うことを託された板額。

それというのも、公暁丸は、実は頼家の忘れ形見。それを、平太と、綱手が養い育てて。

『源氏』の血を守るために、政子は、公暁丸を救わなくてはならないのです。


で、板額は、どうするか。


我が子の市若丸を身代わりとするのです。


『身代わり』として、自らの子どもを犠牲にする。

物語には、多くの悲劇が描かれています。


第3部の『御所桜堀川夜討』の弁慶も、主人源義経の妻を救うために、我が子を手にかけます。


古典作品には、よく描かれる設定。


『市若初陣の段』

希太夫、清公。

呂太夫改め豊竹若太夫、清介。


人形役割

板額を、勘十郎。

市若丸を、紋吉。

政子尼公を、簑二郎。

平太妻綱を、紋臣。


重苦しい作品の後に、

『釣女』。


狂言『釣針』をもとに、

「河竹黙阿弥作詞、竹芝晋吉補筆、6世岸沢式左作曲、初世花柳寿輔振付により明治34年(1901)7月に初演された歌舞伎舞踊『戎詣恋釣針』を文楽にうつしたもの。」

で、

「文楽では、初代鶴澤道八の作曲、楳茂都陸平の振付により、昭和11年(1936)10月四ツ橋文楽座で初演されました。」 (プログラムの鑑賞ガイド)                         


西宮の恵比寿様から授けられた釣竿で、大名は美しい女性を釣り上げた。

で、太郎冠者は、「情」の深い醜女を釣り上げてしまう。


繰り返しになりますが、これは、『ルッキズム』?


外見によって、差別をする。


このことに限らず、古典作品のなかには、それぞれの時代の制約があり。                                                                                                                                                                                                                 


第3部。

『御所桜堀川夜討』。

元文2(1737)年1月、竹本座での初演。


作者は、文耕堂と、三好松洛。


全5段の、時代物。


「軍記物『義経記』などにある、平家討伐の功績を挙げた源義経が住まう堀川館を、兄の頼朝に遣わされた土佐坊が夜襲した『堀川夜討』を題材に、土佐坊昌俊、武蔵坊弁慶、静御前らの登場人物を取り上げ独自の解釈を施した作品」(公演プログラムの鑑賞ガイド)


その3段目の切が、今回の『弁慶上使の段』。


舞台は、

「平氏滅亡後に義経の妻となった平時忠の娘卿の君が匿われる、傳(めのと)侍従太郎の館」(プログラムの『鑑賞ガイド』)


身重の卿の君を見舞って、屋敷に仕える腰元信夫の母のおわさ。

あれやこれやと、おわさのおしゃべり。


そこに、弁慶がやって来て。


義経に疑いを抱く頼朝は、謀反の疑いを解くために、平家の人間である卿の君を討てと。

そこで、義経は、弁慶に命じて、卿の君の首を討てと。


侍従太郎夫婦は、卿の君を守るために、年格好の似ている信夫に、身代わりを求め。

信夫は、お主のために死ぬことを了解。しかし、母のおわさが反対して。

それというのも、信夫は、18年前に、播州姫路の宿屋で、一夜をともにした相手との間の子ども。

しかし、その相手が誰かは分からず。その分からない父親の了解を得ないうちは、信夫を死なすわけにはいかないと。

で、おわさが、信夫を連れ帰ろうとした時に、

背後の障子越しに、刀が振り下ろされて、信夫を。


18年前に、おわさが一夜を過ごした相手が、実は、弁慶。


弁慶と、信夫。

18年の歳月。ようやく知ることの出来た親子。

しかし、すでに、信夫は、目も見えず、耳も聞こえず。そのまま息絶えて。

弁慶の涙。

生まれた時に発して以来、発したことのない泣き声を、誰はばかることなく。

大泣きの弁慶。


そして、侍従太郎の切腹。

『卿の君』を死なせておいて、傳(めのと)の自分が生きていては、頼朝が

信用しない、と。


弁慶は、信夫と、侍従太郎の首をかかえて、館を去っていく、というところで、幕。


『弁慶上使の段』

睦太夫と、勝平。

錣太夫と、宗助。


人形役割

武蔵坊弁慶を、玉志。

おわさを、和生。

腰元信夫を、玉誉。

侍従太郎を、文昇。


次の演目は、『増補 大江山』。


源頼光の家来渡辺綱。

悪鬼を退治しようと、右源太、左源太という伴を連れて。


すると、夜の、人通りの絶えた一条戻り橋。


若い女が。


川面に映った、その姿は。


悪鬼と、綱との激しい戦い。


やがて、片腕を斬られた悪鬼は、空へと姿を消して。


『弁慶上使』が、重苦しい内容で。

登場人物の、誰もが、絶望の淵に追いやられる。

それを見る観客も、心に鬱積が。


この『戻り橋』により、開放されて。


渡辺綱を、靖太夫。

若菜を、織太夫。

右源太を、咲寿太夫。

左源太を、薫太夫。


三味線

燕三。

團吾。

清丈。


人形役割

渡辺綱を、玉助。

右源太を、玉誉。

左源太を、簑太郎。

若菜を、一輔。


旅行日程の関係で、一部、二部、三部と、1日のなかで見て、さすがに疲れました。

が、しかし、充実した一日となりました。