4月23日(火)、歌舞伎座で、昼の部を見ました。


今月の歌舞伎座は、昼の部も、夜の部も、充実していて。


で、昼の部の最初の演目は、

『双蝶々曲輪日記』から、『引窓』。


寛延2(1749)年7月、竹本座初演。もともとは、人形浄瑠璃です。

翌月には、歌舞伎に。

作者は、2代目竹田出雲、三好松洛、並木千柳(宗輔)。


この作者トリオは、この昼の部の最後の演目である『夏祭浪花鑑』を生み出し。


また、1746年『菅原伝授手習鑑』。

1747年『義経千本桜』。

1748年『仮名手本忠臣蔵』。

などなど。


で、『双蝶々曲輪日記』。全9段。

今回は、『引窓』だけで。

しかし、ここに描かれている、それぞれが、相手のことを思いやる、その美しさは、十分伝わってきます。


母の再婚とともに、里子に出され。

それでも、あるいは、それだけに、母を慕う思いの強い、濡髪長五郎。

それは、母お幸も、同じ。

苦労をかけてしまったことへの責任を感じて。


そうした彼らを縛る『義理』。

お世話になった、お主のため。その息子のため。

そこに生まれる緊密な、縦構造の人間関係。

そのことで、本来、平和におさまる人生が、歪められて。


ところは八幡の里。

南与兵衛門の家では、亡き父の後妻であるお幸と、女房お早が、明日の『放生会』の支度を。

お幸を、東蔵。

お早を、扇雀。

そのふたりのやり取りから、落ち着いた、日頃の生活ぶりがうかがえて。


そこにやって来たのが、濡髪長五郎。松緑が演じて。


やむを得ず、人を殺してしまった長五郎。

『今生の別れ』と。

で、とりあえず、2階に。


そこに、代官所から戻って来たのが、南与兵衛。

郷代官に任ぜられ、父の名前である南方十次兵衛を名乗ることを許され。

その与兵衛が、最初に与えられた役目、それは、長五郎の捕縛。そのための人相書も出回って。

南与兵衛を、梅玉。

ちょっとした仕草、目の動き。


明かり取りである引窓を、開けるか閉めるか。

物語の流れを作っていく、優れた舞台効果。


母お幸の、実子長五郎への思いを。

長五郎の、実母お幸への思いを。

胸に痛いほど感じる与兵衛。

梅玉が丁寧に演じて、その内面が、とてもよく伝わります。


また、罪を犯した自らの存在が、この家に、どれほどの迷惑となるか。

長五郎の、与兵衛への心遣い。

母お幸への思い。

その揺れ動く心情を、松緑がしっかりと表現し。

あらためて、近年の、役者としての充実ぶりを確認しました。


そして、お幸の、ふたりの子どもへの思い。

里子に出して苦労をさせた長五郎。

その一方で、この『南方』の家を継ぐ与兵衛。

両者の間にあって、身も心も引き裂かれるような。

東蔵が、ごくごく自然に演じて。


この『双蝶々曲輪日記』、上演される機会も多く。

『引窓』も、多くの舞台を見ていますが、今回の『引窓』は、役者もそろい、奥行きのあるものとなっていました。


舞台効果としての引窓の巧みな使い方。

『放生会』を、見事に物語の展開のなかに生かして。


以前、韓国を旅行した時、地方だったので、交通の便が悪く、タクシーでまわったことがありました。

年配の女性ドライバーで、カタコトの『カ』程度の日本語。

こちらも、カタコトの『カ』程度の韓国語。

それでもなんとか、カイワの『カ』程度は。

ほぼ一日。

で、途中で、ちょっと立ち寄ると言って。

大きな川に。

そこに、小屋があって、女性は、そこで、ドジョウか、ウナギかを買い、それを川に放って、熱心に祈り。

という、『放生会』体験をしたことがあります。

お昼は、案内されて、地元の人が利用する食堂で。

女性が、彼女の箸で、こちらのご飯茶碗に、どんどん食べてくれと、おかずを乗っけてくれるのには、少し驚きましたが。

今でも、時おり思い出します。


で、次の演目が、

『七福神』。

今井豊茂 改訂。

藤間勘十郎 振付。


波間から宝船があらわれ。

そこに、七福神の姿。


祝儀の盃をかわし。


やがて、舞い、踊り。


恵比寿を、歌昇。

弁財天を、新悟。

毘沙門を、隼人。

布袋を、鷹之資。

福禄寿を、虎之介。

大黒天を、尾上右近。  

寿老人を、萬太郎。


美しい舞台。


ただしかし、そこに『物語』を感じることが出来ず。


せっかく、若手をそろえたのに。

もったいない。


そして、  

『夏祭浪花鑑』。延享2(1745)年2月、竹本座初演。

作者は、『双蝶々曲輪日記』と同じ。


これも、長い物語なのですが、

序幕『住吉鳥居前の場』。

二幕目『難波三婦内の場』。

大詰『長町裏の場』。

と、短縮バージョン。


序幕の『住吉鳥居前の場』。

喧嘩から、牢に入れられた団七九郎兵衛。

その出牢の日。

迎えに来た、団七の女房お梶と、息子の市松。そして、釣船三婦。


団七の着替えを用意してきた三婦。

しかし、褌を忘れて。


で、今回は、上方版。

三婦は、髪結い床の三吉に手伝わせて、自分の、赤い褌をはずし。

途中、強く引っ張られて、痛!

これが、江戸版では、髪結い床の店の中で。


そして、団七の登場。

入牢生活で汚れた姿。

それが、髪結い床で、髪を整え、髭を剃り、衣装をあらためて、颯爽とした姿に。

その団七九郎兵衛を、愛之助。

愛之助の団七を、はじめて見ましたが、愛之助と『役』がぴたりとはまっていて。魅力的な、団七に。


釣船三婦は、歌六。

さすがに手慣れたもので。そのひとつひとつの仕草、動きが、まさに、『三婦』。

愛之助の団七との、上方弁でのやり取り。

とても、生き生きとして。


そこに現れたのが、一寸徳兵衛。

菊之助。

いい男で。

ただ、暮らしに困り、こじきにまで落ちぶれて、悪の道へ。

という、『汚れた』感じが、あまりないので。


団七の女房お梶を、米吉。


そのお梶の父親が、三河屋義平次。橘三郎。

『悪役』として描かれているのですが、

生活に困窮した団七の面倒を見て。

しかし、そのことで、団七が、娘のお梶と出来てしまい、子どもまでも出来てしまい。

義平次としては、娘を、金のあるところに嫁入りさせて、自らの生活の安定を考えていたのに。それなのに、団七が、手をつけやがって、と。

ただ、団七が入牢中は、義平次、きちんとお梶と、市松の生活の面倒は見ているのです。


ここで物語を動かしているのが、泉州浜田家家老玉島兵太夫の息子の磯之丞。

彼が、あれこれと問題をおこし、まわりが、その尻拭いをし。

彼が、『騒動』の起点。

それだけに、その『存在感』が物語全体に染み込んでいないと、団七をはじめとする人びとの、行動の起爆剤がなくなってしまうのですが。

その恋人が琴浦。


磯之丞を、種之助。

琴浦を、莟玉。


玉島家に恩義のある人びとが、磯之丞に振り回される物語。


その結果、殺人事件をおこしてしまった団七九郎兵衛。


この構図、『双蝶々曲輪日記』と似ているのですが。

で、同じ、作者たちなのですが。


で、磯之丞は、一寸徳兵衛の女房お辰に連れられて、大坂を去り。


その部分が、『難波三婦内の場』。


お辰を、愛之助が二役で演じて。


団七と、お辰の二役を演じることがあり。

今回も。


ただ、愛之助は、本来の女形でないために、気っ風の良さを強調するために、なにやら、お辰が冷たい女に見えて。

お辰さん、美しくて、色気に満ちていて。

だからこそ、三婦が、心配するのです、あの磯之丞が、その色気を前にして、ふらふらしてしまうのではないかと。

それというのも、磯之丞には、すでに浮気問題がおきていて、嫉妬した琴浦と、ひと騒動があったのです。

磯之丞は、モテるのです。

惚れられやすく、また、惚れっぽくもありで。


で、お辰は、どうしたか。


そして、いよいよ、『長町裏の場』。


ちょうど、高津神社の宵祭り。

高津神社は、国立文楽劇場の近くにあります。


金儲けのために、琴浦をかどわかした義平次。

それに気づいて、追いかける団七。

やがて、追い付いて。


あくまでも、義理の父親であり、しかも恩義のある義平次に対して、身を低くして、琴浦を返して欲しいと懇願する団七。

いったんは、団七の申し出た金で了解し、三婦宅に、琴浦を帰した義平次。

しかし、金が偽りであることを知ると、その悪態も、激しさを増し。


上方の物語だけに、言葉のやり取りを繰り返しながら、次第に、ボルテージがあがり。

これが、江戸であるならば、すぐに、手の出るところ。

で、うっかり、団七は、義平次を切ってしまい。

『人殺し』と叫びながら、逃げまどう義平次。

それを追いかける団七。


凄惨な殺し。


『悪い人でも、舅は親。』

団七は、親殺しという重罪を犯し。


この、殺しの場面がみどころ。


それにしても、よく動きまわる団七。

団七の身体が躍動して。


上方バージョンと、江戸バージョンとでは、異なります。

その違いを楽しむことが出来ました。

もちろん、文楽バージョンとも。


考えてみると、

団七は、なぜこうなったか、という起点が分からず。

団七は、結果、こうなったという終点も分からずじまい。


今月の歌舞伎座は、

昼の部の『引窓』と『夏祭』。

夜の部の『於染久松色読販』と『神田祭』。

とで、充実しています。






赤い褌です。