3月21日(木)、三月大歌舞伎の夜の部を見ました。


最初の演目が、『伊勢音頭恋寝刃』。


寛政8(1796)年7月に、大坂の角の芝居での初演。


実際に、寛政8年5月4日の深夜に、伊勢古市の遊廓油屋で起きた殺人事件。それをもとに。

その10日後には、早くも芝居として。

で、7月に、大坂で、近松徳三らの作者により、上演したのが、この作品。


繰り返し演じられている演目です。

といっても、演じられるのは、全4幕のうち、3幕目にあたる『油屋』と『奥庭』。


今回は、「通し狂言」として、

『相の山』『宿屋』『追駈け』『地蔵前』『二見ヶ浦』『太々講』『油屋』『奥庭』。


歌舞伎座での「通し狂言」としての『伊勢音頭恋寝刃』は、1962(昭和37)年以来、62年ぶりとのこと。


ただ、4幕目の『福岡貢切腹の場』は、上演が絶えています。


これまで、多くの役者が、演じて。それぞれの役者の姿や、その声がよみがえりますが。


今回、福岡貢を、松本幸四郎。


今田万次郎を、尾上菊之助。


料理人喜助を、愛之助。


油屋お紺を、雀右衛門。

仲居万野を、魁春。


油屋お鹿を、弥十郎。


背景にあるのが、阿波の大名家をめぐる御家騒動。

その主家への『忠義』を頂点として、主家に仕える家老やその息子への『忠義』。

それが、登場人物たちの行動の、道筋をつくり。


「伊勢神宮の神職である御師の福岡貢は、御家横領の画策に巻き込まれたかつての主筋、今田万次郎が紛失した名刀・青江下坂とその鑑定書の折紙の詮議に奔走します。」(チラシ)


大名家の家老・今田九郎右衛門の息子の万次郎。


御家安泰のために必要な、名刀・青江下坂を、万次郎は、いったんは、伊勢で見つけて、買い戻し。

ところが、遊廓で遊び過ぎて、刀を質に入れて。

で、その刀が、行方知れずに。

という、この場面は、上演されません。


で、さらに、鑑定書である、大切な『折紙』を、目の前ですり替えられ。(相の山)


上方の代表的な役柄である『つっころばし』。

『和事』のなかの、ちょっと突っくと転んでしまいそうな、柔弱な色男。


大切な青江下坂を、遊んだ金の借金代わりとして質屋に入れ、しかも、盗まれ、さらには、その鑑定書の折紙までも盗まれ。

そのために、福岡貢やら、その恋人である油屋のお紺が、苦労に苦労を重ねて。


福岡貢は、自らが、今田家の家来であったのではなく、彼の父が仕えていて。

で、貢が幼少の頃に、一家は、鳥羽に移住。

で、貢は、御師福岡孫太夫の養子となり。

つまり、今田の家と関係があったのは、貢の親の代であり、貢自身は、何の関係もないのです。


『つっころばし』とは、遠い距離に存在する身としては、万次郎に、腹が立つばかりで。


繰り返し演じられるのは、『油屋』と、それに続く『奥庭』。

やはり、作品として、おもしろいから。


逆に言うならば、それ以外の段は、物語が『ゆるい』のです。

それは、物語の展開も、そこにある人間関係も。


で、『油屋』になり、それまでの、物語の『ゆるさ』が、しまり。

人間関係も、明確になり。


『油屋』。

貢への思いを訴える、油屋の万野。(今回は、魁春)。


嫌みなことを言ったりして、貢を怒らせて、終いには、妖刀青江下坂によって、斬り殺される役柄。

しかし、女方のやりたがる役。


かつて、歌右衛門が、楽しそうに、にくにくしく演じていたのを思い出します。

殺されるのも、嬉しそうに。と、見えて。

観客は、大喜びで。大きな拍手。

玉三郎も、楽しそうに、にくにくしく演じて。

勘三郎は、エネルギッシュに、にくにくしく演じて。

この役、辛抱する役、内面にこもる役ではなく。

外にぶつけていく役。だから、演じていて、『発散』する。そこが、楽しいのではないか、と。

彼らの、その姿、その声の調子が、甦ってきます。


しかし、長年、演じられないということは、やはり、そこに魅力がないから。


『演出』に、工夫が必要かと。


かなり以前。

伊勢の外宮から、古市を抜けて、内宮まで歩いたことがあります。

およそ、5キロほど。

ただ、上り下りがあり。


古市、かつては、参宮客の、『精進落とし』ということで、大いににぎわい。

遊廓もあり、芝居小屋もあり。

資料館で、当時の繁栄をしのぶことが出来ます。


その古市の、大林寺の境内に、この『伊勢音頭恋寝刃』のモデルとも言える、『油屋事件』の当事者、孫福斎(まごふく いつき)と、油屋のお紺の比翼塚があります。

斎は、その事件で、自ら命を絶ったのですが、お紺は、その後も生きて、49歳で病死したと。

文政13(1830)年、4代目坂東彦三郎が、塚を建立したと。

大林寺の、ホームページに。


そのホームページに、

1987年に、森光子と、竹脇無我。

2000年に、篠井英介。

2015年に、中村時蔵、尾上菊之助、中村梅枝。

が、訪れた、と。


で、以前、その比翼塚を訪れて、写真を撮ったのですが。

どういうわけか、その比翼塚の写真だけが…。

ごくごくまれに、墓や慰霊碑を撮った時に、前後の写真はちゃんと写っているのに、そこだけが…

ということが。

特に、霊感があるわけではないのですが。


そのことで、強い印象が、今でも残っています。


閑話休題。


次の演目は、『六歌仙容彩(ろっかせんすがたのいろどり)』


『喜撰』。

松緑の、喜撰法師。

梅枝の、祇園のお梶。


六歌仙で知られる喜撰法師。


残されている和歌が1首だけで、その実在が疑われていますが。


その喜撰法師が、祇園の茶汲み女のお梶の美しさに、ちょっかいを出し。


所化として、亀三郎、眞秀、小川大晴も。





チラシを見ると、メインの役者は、中央に、それぞれの役の写真で。

次のクラスは、左上から。

さらに、次のクラスは、左右に。

そして、さらに次のクラス。

顔写真の大きさと、名前の色具合。

年齢、経験も加わりますが、それ以上に、『家柄』。