1月17日(水)、国立文楽劇場の文楽公演。その第三部。

17時30分の開演。


最初の演目は、『平家女護島(へいけにょごのしま)』。


近松門左衛門の作。

享保4(1719)年、竹本座初演。

五段の時代物。

「権勢を誇る平家に苦しめられた人々の姿、暴虐の限りを尽くす清盛の末路などが描かれます。」(プログラムの『鑑賞ガイド』)

で、今回上演の『鬼界が島の段』は、二段目の切。

「『平家物語』や謡曲『俊寛』に描かれた、平家への反逆の罪に問われ、配流されたまま許されなかった俊寛僧都の悲劇に、千鳥というか島の海女の存在を加えることにより、新たな俊寛の物語として構成されています。」(前掲)


この『鬼界が島の段』は、歌舞伎でも、よく上演されて。


中村吉右衛門の姿が、目に焼きついています。


『もとよりこの島は、鬼界が島と聞くならば、鬼ある処にて、今生よりの冥途なり。』という、有名な語りだし。

そして、俊寛の登場。

『憔悴枯稿の九十九髪』

『枯木の杖によろよろよろ、よろよろと』

と、島での、およそ3年の生活で、すっかり憔悴した姿。

(もっとも、実際は、まだ、30代なのですが、それでは芝居にならないので)


そして、平判官康頼が現れ、丹波少将成経が現れ。


さらに、成経が夫婦の契りを結んだ、島の海女千鳥が現れ。


すると、そこに、都から赦免船。


使者として、瀬尾太郎兼康と、丹左衛門基康。

このふたり、見ただけで、どちらがいい人で、どちらがわるい人か、わかります。

人形の頭の部分、『かしら』と呼びますが、その顔を見ただけでわかるのです。

もちろん、わるい人が実はいい人であったり、心入れ替えたりということはありますが。

『モドリ』と言いますが。

ということは、人間は、基本的に『善』なる存在としているのでしょうか。


で、赦免船の登場。

都からの使者。

ここから、物語は、一転、二転。

『ドラマ』が『ドラマ』として、大きく波うって来ます。


そして、結果として、俊寛ひとりが島残ることを決意し。

『我が妻は入道殿の気に違うて斬られしとや。三世の契りの女房死なせ、何楽しみに我一人、京の月花見たうもなし』

と、その妻が、清盛の意に反したために斬られたことを知って。


で、康頼、成経と、千鳥を乗せて、船は出ていき。


それを見送る俊寛。

『思ひ切つても凡夫心』


『岸の高見に駆け上がり、爪立てて打ち招き、浜の真砂に伏し転び』


歌舞伎でもそうなのですが、『高見』には、蔦を頼りに、ようやく上がることが出来。

この床本では、そのあと、浜の砂の上で『伏し転び』と。

しかし、歌舞伎も、文楽も、高見に登ったまま、遠く去り行く船を見送る場面で、幕。

以前、武智鉄二の演出で、實川延若が俊寛を演じた時は、最後は砂の上で、両手両足をバタバタさせて、赤ん坊のようにして、悲しみを爆発させて。

『本文』に立ち返ると、そうなるということでしたが。


織太夫、燕三。


この織太夫が、文楽を支えるひとつの柱になっていく、と。期待もこめて。


人形役割

俊寛僧都を、玉男。

平判官康頼を、紋秀。

丹波少将成経を、勘市。

蜑(あま)千鳥を、一輔。

瀬尾太郎兼康を、玉助。

丹左衛門基康を、玉也。


『平家女護島』の『鬼界が島の段』。

『ドラマ』が凝縮されて。

繰り返し上演されるのも、故あることと。


俊寛(1143~1179)は、後白河法皇の側近で、平家打倒を計画。

安元3(1177)年、鹿ヶ谷の俊寛の山荘で、その集まりを持ったところ、密告により、発覚。

俊寛は、藤原成経(1156~1202)、平康頼(生没年未詳)とともに、鬼界ヶ島に。


しかし、成経と、康頼は、やがて、帰京を許されますが、俊寛は、許されず。


成経の妻は平教経の娘であり、その関係からの赦免で。

康頼は、信仰が深く、教経とともに、島で、熊野三所権現を勧請し帰京を願ったところ、千本の卒塔婆のうちの1本が、安芸国の厳島に漂着。

これに心打たれた清盛が、帰京を赦したと。


康頼は、帰京後、仏教説話集の『宝物集』を編纂し、文学史にも、名前を残しています。



次の演目は、

『伊達娘恋緋鹿子(だてむすめこいのひがのこ)』。


天和3(1683)に、

「江戸本郷の八百屋のお七が、前年の天和の大火で焼け出された際、避難先ね寺で出逢った寺小姓との再会を願って放火をしたために火刑に」(プログラムの『鑑賞ガイド』)

この事件は、井原西鶴も、『好色五人女』で取り上げ。


で、

「この作品は、安永二年(1773)北堀江市の側芝居豊竹此吉座初演。菅専助、松田和吉、若竹笛躬の合作による、八百屋お七の芝居の決定版といえる世話物です。」(前掲)


全8巻のうち、6の巻の『八百屋』の筋だけが上演されているとのこと。


『八百屋内の段』

吉祥院の寺小姓の吉三郎。

彼の主である左門之助が、殿から預かった『天国(あまくに)』の剣を紛失してしまい、それが見つからなければ、左門之助は切腹。また、吉三郎も、それにあわせて、『殉死』しなくてはならない状況。


八百屋のひとり娘のお七。

去年の大火で、店が焼け。その建て直しのための多額の借金。そこで、金を借りた相手の武兵衛が、お七との結婚を条件に、借金を帳消しにすると迫り。一家が路頭に迷うことを避けるために、両親は、お七を説得している状況。

もっとも、父親は、結婚さえすれば、後はわがままいっぱいして、夜も武兵衛に背を向けて寝て、相手から、離縁されれば、もっけの幸い。それまでの辛抱だと。


吉三郎の苦境。

お七の苦境。


しかし、その『天国』剣を持っているのは、武兵衛だと知れて。


藤太夫と、宗助。


そして、『火の見櫓の段』へと。


お七は、下女お杉とともに、丁稚の弥作に、剣を盗ませ。


しかし、すでに、江戸の町々の木戸は閉ざされ、剣を手に入れても、吉三郎には渡せない。

万事休す。

火の見櫓の半鐘を打てば、火事だと思って木戸が開く。

しかし、偽りの半鐘を打てば、火あぶりの極刑。

それでも、お七は、凍てついた火の見櫓の梯子を、足を滑らしながら。


一面の雪に覆われた世界。

そこに、さらに、雪が降りしきり。

そのなかを、髪振り乱し、振り乱し。

必死の形相。

着物も、袖をはずし。

真っ白な世界に、その朱色とのコントラスト。

なんとも、なんとも美しく。

その色彩美に、魅了されます。


愛する男のために、炎となって燃え上がるお七。


希太夫、亘太夫、碩太夫、薫太夫、織栄太夫。

三味線は、清友、清志郎、友之助、燕二郎、藤之亮。


人形役割は、

小姓吉三郎を、清五郎。

娘お七を、勘彌。

下女お杉を、紋吉。

親久兵衛を、玉輝。

久兵衛女房を、文司。

丁稚弥作を、玉路。

武兵衛を、玉延。

太左衛門を、簑悠。


美しさに、すっかり酔いしれて。




1階の資料室に。