MET ライブビューイングの、第10作。今期の、最後の作品です。


『ハムレット』。


ウィリアム・シェイクスピアの『ハムレット』をもとにして。


マシュー・ジョセリンの台本に、ブレット・ディーン(1961~)が作曲。


2017年、イギリス、グラインドボーン音楽祭での初演。


演出は、ニール・アームフィールド。


2022年、メトロポリタン歌劇場での初演。


イギリスの初演で指揮をとったニコラス・カーターが、MET でも指揮を。

また、タイトルロールを演じたアラン・クレイトンが、再び、ハムレットに。


演出は、どちらも、ニール・アームフィールド。


ニコラス・カーターも、アラン・クレイトンも、MET 初登場。


『ハムレット』は、シェイクスピアの、『オセロ』、『マクベス』、『リア王』と並ぶ、四大悲劇のひとつ。

人気のある演目で、洋の東西を問わず、繰り返し上演され、また、映画化もされて。

それだけに、物語は、よく知られていて。

しかも、それぞれに、『ハムレット』への思い入れを持ち。


観客の期待を裏切らないためのハードルは、高いのです。


作曲のブレット・ディーンは、ながらく、ベルリン・フィルで、ヴィオラ奏者として在籍。

1990年代から、作曲活動を開始。

この『ハムレット』は、2作目のオペラ作品。

2013年から16年にかけて作曲。


台本は、シェイクスピア時代の英語を活かして、古色感を出して。

といっても、字幕に頼る身としては、あまり関係のないことなのですが。


そういえば、以前、坪内逍遙訳のシェイクスピアの舞台、見たことがありますが。


冒頭、ハムレット(アラン・クレイトン)の独白。

あの、有名な。

『To be ,or not to be(生きるべきか、死ぬべきか)』

しかし、ハムレットの口から出るのは、

『Or not  to  be 』

それを繰り返し。

ハムレットの、その後を、暗示?


舞台は、9つの壁が、キャスター付きで、それぞれの場面を作り。

そのため、場面の転換がスピーディー。


物語自体は、原作を踏襲しながらも、さまざまな独自の演出も。


例えば、ハムレットの学友のローゼンクランツと、ギルデンスターン。

カウンターテナー、コミカルな演技。

イギリスに渡るのではなく、

最後の場面、ハムレットの刃に倒され。


フォーティンブラスも、登場せず。


などなど。


しかし、物語としては、骨組みは、一貫して。


それにしても、全編、激しく動くハムレット。

ただ、好みを言えば、その身体、もう少し、すっきりとしていたほうが。

と、我が身をかえりみずに、勝手なことを。

もちろん、十分に、満足をしたうえでのことですが。


そして、狂乱したオフィーリア(ブレンダ・レイ)。

見せ場、です。


オペラ歌手といえども、棒立ちで、美声を披露すれば、事足りていた時代は、すでに過ぎていて。


殺された父親のタキシードを羽織り、そのなかは、下着姿。

泥にまみれて。

地を這いまわり。


『狂乱の場』というと、『ルチア』。

ドニゼッティの『ランメルモールのルチア』。


MET ライブビューイングの第9作として、先日、見ました。

敵同士の家に生まれながらも、愛し合うようになってしまったルチア。

全身血にまみれて。しかも、真っ白なドレス。

ルチアは、ネイディーン・シエラ。

「美声と美貌のN・シエラ演じる〈狂乱の場〉に涙し」と、チラシに。

確かに、壮絶、凄惨な美の世界、でした。

その姿に見惚れ、その歌声に聞き惚れ。


しかし、幕間のインタビューで、ブレンダ・レイが語っていたのは、ルチアの世界は、『美』。

それに対して、『ハムレット』におけるオフィーリアは、『美』を求めない、と。


愛する父親ポローニアスを、愛するハムレットにより殺されてしまった絶望。

その胸張り裂ける苦しみ。

床に身を投げ、転げまわり。身もだえし。

心の叫びが、吐き出されて。

その痛みが、見ている者の心の痛みともなり。


迫力ある場面でした。


登場人物たちは、みな、白塗りの化粧。

美しくもあり、グロテスクでもあり。


それにしても、今期のMET ライブビューイングで、特に感じたのは、顔のアップの多さ。

汗にまみれ、大きな口を開け。

それを延々と。

もっと、舞台全体が見たいのです。

主人公だけではなく、上手から下手までの全体。


で、今回の『ハムレット』、時折、カチカチと、音がして。

何かと思ったら、幕間の、作曲家のインタビューに、ふたつの石を叩いている音とのこと。

他に、ペットボトルをつぶす音を入れたり。


オーケストラも、舞台前のピットだけではなく、上手下手の袖にも配置して、『音』の膨らみを工夫した、とか。


「モダンでスリリングなシェイクスピア、ここにあり。」(チラシ)


なんとも刺激的な、魅力ある『ハムレット』でした。


ヴェルディは、シェイクスピアの、四大悲劇のうち、『オセロ』(『オテロ』1887年)、『マクベス』(1847年、1865年改訂)の2作を、世に出しています。

しかし、『ハムレット』には、手をだせなかった、と。


『ハムレット』は、アングロワーズ・トマの作曲したオペラが。

1868年5月9日、パリのオペラ座初演。


しかし、今回の『ハムレット』の躍動感を体験してしまうと。













《ハムレット》のあらすじ

 
デンマークの王子ハムレットは、父の不審な急死と、その後すぐ叔父と母が再婚したことに悲しみ、憤っている。父の亡霊に遭遇したハムレットは、亡霊の口から父が叔父に暗殺されたことを知る。復讐に燃えるハムレットは狂気を装い、恋人のオフィーリアを突き放すので、オフィーリアは苦しむ。ハムレットは宮廷にやってきた旅回りの一座に父の暗殺を暗示する芝居を上演させ、叔父と母を追い詰める。ハムレットに恐れを抱いた叔父は…。  text by 加藤浩子