1970(昭和45)年の11月25日。

50年前になります。

三島由紀夫が、自衛隊市ヶ谷駐屯地で、自決。

その衝撃。

で、夕刊を買いに、町に出ました。

当時は、新聞、駅の売店などで売られていて。
しかし、それが、みんな売り切れていて。
そこで、新聞販売店をまわりました。

『朝日新聞』の夕刊。その1面。




下の写真には、切り落とされたふたりの首が写っています。
ふたりというのは、三島由紀夫と、森田必勝。

現在では、こうした写真が紙面に掲載されることはないのではないかと思います。

それにしても、当時は、活字が小さかった。

『読売新聞』夕刊。


『毎日新聞』夕刊。


『東京新聞』夕刊。


『東京新聞』は、「暴徒」との見出しをつけて。

『読売新聞』の夕刊。その3面。



久しぶりに、古い古い新聞を、ひっぱり出してきました。

夜の町を、財布握りしめて、新聞を求めて、それぞれの販売店をめぐったこと、思い出してきました。

で、さらに思い出したのが、読売新聞の販売店の人が、おつりをくれなかったこと。
まだ、世間を知らず、新聞の値段を知らず。
でも、他の新聞販売店では、いくらであったかは忘れましたが、同じ値段。
読売新聞の販売店で、おつりをもらえず、おかしいなとは思ったものの、なにしろ、その不審を問うだけの勇気は、ありませんでした。
で、大人になったときに、読売新聞だけは購読しないと、小さな胸に、大きな決意をしたのです。
そんなことまで、思い出して。

あれから50年。

古い新聞を取り出して。
明日は、古紙回収の日。

そういえば、三島由紀夫の作った『楯の会』。
国立劇場の屋上で、デモンストレーションをしています。

また、決行当日、三島由紀夫は、国立劇場に立ち寄り、そこから、市ヶ谷にむかい。