桜木町にある、ブルク13で、『バイス』を見ました。
監督・脚本は、アダム・マッケイ。2016年の『マネー・ショート 華麗なる大逆転』が、最近の話題作でした。リーマンショックの裏側で、いち早く経済破綻の危機を予見し、ウォール街を出し抜いた4人の男たちの実話。第88回アカデミー賞では、作品賞、監督賞など主要5部門にノミネートされ、脚色賞を受賞した作品です。コメディタッチなのですが、作品そのものに、ついていけませんでした。金融に関しての、専門用語が乱発され、その理解に追われて、結局は理解しきれなかったのですが、笑いを楽しむどころではなかったのです。
で、今回も、実話に基づいています。
チラシには、
「まさかの実話!アメリカ史上最強で最凶の副大統領」
「まさかの実話!世界をメチャクチャにした悪名高き副大統領、その名はディック・チェイニー」
とあります。
そもそも、ディック・チェイニーって、誰? なのですが。
‘’ディック‘’リチャード・ブルース・チェイニーを演じるのは、クリスチャン・ベール。今回、演じるために、20キロ、体重を増やして。その上、5時間かけてのメイク。
彼は、「カメレオン俳優」とも、呼ばれています。『マシニスト』(2004)では、1年間眠っていない男が体験する悪夢のような世界を描き、彼は、あばら骨が浮き上がって見えるほどの大減量。そうした体重の増減を、作品にあわせておこなうのです。
ただ、今回の作品で、心臓を患う役として、実際に、医者に診察を受けたところ、このまま体重の、過度な増減を繰り返すと、心臓の負担が大きく、もたないと言われ、妻や娘のために、そうした体重の増減をする役作りは、もうしないと、インタビューで語っていますが。
で、このディック、イェール大学を落第し、電信柱に電線をつなぐ作業に従事したり、酒に溺れて、あげくには飲酒運転で逮捕されたり。若い時の、自堕落な生活ぶり。
それを、叱咤激励し、立ち直らせたのが、妻となるリン(エイミー・アダムス)。
リン自身、政治家になりたいとの希望を持ちながらも、ワイオミングという、保守的基盤のところでは、女性には、不可能な夢だったのです。それで、ディックの尻を叩いて。
この関係、シェークスピアの『マクベス』。
で、ディックもリンも、まるで、マクベスとマクベス夫人だね、と語らい、そこから、ふたりの会話は、古い英語となり、(もちろん、字幕が、芝居の台詞調となるのです。)まさに、シェークスピア劇。という、お遊びが満載なのです。
で、ディックは、奮起一発、ワイオミング大学に入り、政治学を専攻。さらに、大学院に進むのです。
この作品、おもしろく楽しめたのですが、その一方で、頭のなかでは、格闘技。
アメリカという国、その政治の流れなどなど、この作品の生まれた土壌を知らないと、分からないことが、たくさんあるのです。
そもそも、登場する、実在の人物。
大統領となった、ジョージ・W・ブッシュ(サム・ロックウェル)とか、ドナルド・ラムズフェルト(スティーブ・カレル)、コリン・パウエル(タイラー・ペリー)などなど。その3人は、記憶のなかにありましたが、それ以外は、記憶の底にもないのです。で、人物関係が、錯綜し、で、格闘技の世界へ。
スマホの機能を、使いこなせていないのと、同じような。
知れば知るほど、もっともっと、おもしろいのになあ、というため息。
で、ディック・チェイニー、政界との関係を持ち、リチャード・ニクソン政権では、大統領次席法律顧問。ジェラルド・フォード政権で、史上最年少の、大統領首席補佐官。やがて、下院議員として、6期を勤めます。そして、ジョージ・H・W・ブッシュ(父ブッシュ)政権で、国防長官に就任。1990年8月の、イラクによるクウェート侵攻に対して、翌年1月の湾岸戦争を主導しています。
そして、息子のジョージ・W・ブッシュのもとで、副大統領。
映画は、彼が、副大統領の職を受けるにあたり、大統領の持つ権限を、いかに副大統領に持たせるか、ブッシュに交渉している場面を設けています。父親ほどの能力を持ち合わせていない息子のブッシュは、それが、どのようなことかも判断しないで、副大統領職を依頼するのです。
第43代アメリカ大統領となった、ジョージ・W・ブッシュ。
しかし、その2001年9月11日。同時多発テロ。
チェイニーは、大統領を差し置いて、(大統領は、機内の人であり、対応が難しかったこともあり。)テロに対応。
映画では、危機管理室の人々が、不安と恐怖に混乱しているなかに、チェイニーひとりは、別の思いを持っていた、と。そのことに、ひとりの女性は、気がついた、と。
チェイニーだけは、この同時多発テロを、「チャンス」と、とらえていた、と。
チェイニーたちは、アメリカを、イラクとの戦争に駆り立てていきます。イラクが、大量の破壊兵器があると、情報を操作。星条旗が大量に売られ、兵役を志願する若者が増え、国民が、熱にうなされたように、イラクへの攻撃を主張するようになったのです。
その流れを、丁寧に、この作品は、追いかけていきます。
マスメディアも、例えば、「ニューヨーク・タイムズ」も、「ワシントン・ポスト」も、政府の発表を鵜呑みにし、情報操作の一翼を担いました。
参戦か、非戦か。
意見の対立による、国内の争い。
そして、それを眺めている女性たちが、『ワイルド・スピード』、見ようと。『ワイルド・スピード』は、2001年公開の映画。大ヒットして、シリーズ化して、現在、10作まで。つまり、政治的無関心の人々。
映画のなかで、「この映画は、リベラルのでっち上げだ!」と叫ぶ場面も。
また、スクリーンから、観客に向かって話かけてくる男。カートと名乗りますが、労働者階級で、イラク戦争にも従軍したりして。で、彼が、なぜ、この作品に登場してくるのか。チェイニーと、どのような関係があるのか。
その意外な結びつき。なるほどと、その扱い方に、感心しました。
また、と、切りがないのですが、笑いどころ、満載。
もっとも、アメリカで、日常生活を送っている人々にとっては、さらにさらに、笑いどころも、突っ込みどころもあるに違いないのですが。
しかし、そうした笑いでコーティングしながら、一皮むくと、例えば、チェイニーが、ハリバートンという石油開発企業のCEOだったこともあり、イラク戦争後、イラクの油田開発を、この企業が、一手に引き受けていること。
また、イラクの復興支援事業や、アメリカ軍関連の業務で、ハリバートンが、湾岸戦争、イラク戦争で、莫大な利益をあげていることを、厳しく指摘しています。
また、映画の最後に、このイラク戦争で、4000人を越えるアメリカ人、10万人を越えるイラク人が亡くなっていると、具体的な数字が表れます。
笑わせながら、恐ろしさを伝える。そこに、笑いがあるから、恐ろしさが、身に染み込んでくる。
それにしても、チェイニーにしても、その夫人リンも、ブッシュも、生存しているなかでの、この、たくましい批判精神。そこに、感動しました。
もっとも、映画の最初に、この作品は、チェイニーに確認出来なかったのですが、真実を描いていますとのテロップが表示されますが。
監督のアダム・マッケイは、町山智浩さんとの対談のなかで、
「1つ言えるのは、‘’権力を疑え‘’ということことだ。監視を怠れば政府は暴走する。国は危機に陥り、崩壊するだろう。」と、語っています。
なお、題名の「バイス」とは、「バイス・プレジデント」のことで、副大統領のこと。そして、「悪徳・邪悪」という意味もあるそうです。
なお、なお、現在、『記者たち~衝撃と畏怖の真実~』という映画も、上映中です。これは、2017年の、ロブ・ライナー監督作品。
この『バイス』と、表と裏の関係を描いています。つまり、『バイス』が、嘘をつく側で、『記者たち』は、その嘘を暴く側を。
で、実写の場面で、チェイニーや、ラムズフェルド、パウエル、そして、ブッシュ大統領が登場します。
ぜひぜひ、あわせて見ることを、お薦めします。
それにしても、なぜ、この日本では、政治ネタが排除されるのでしょうか。昔は、お笑い番組で、時の政権を、笑いの爼上に乗せていたものですが。
上の写真。左が体重を、20キロ増量し、5時間かけてメイクした、クリスチャン・ベール。で、右が、「普通の」クリスチャン・ベール。
下の写真。左が、本人。右が、その役の俳優。




