3月11日(月)、桜木町にある、ブルク13で、『岬の兄妹』を見ました。

監督、脚本は、片山慎三。彼の、初長編監督作品です。もともと、ポン・ジュノ、山下敦弘などの助監督を勤めていたとか。

題名にある、兄と妹の物語です。
そこにあるのは、重たく、暗く、底無しの深い「現実」があるばかりで、見終えたあと、暗澹たる気持ちに沈み込みます。

冒頭、家から抜け出た妹を探す兄の姿。兄は、右足が悪く、地面を擦りながら進み、妹を探します。
海岸に出て、波間に浮かぶ靴。警官が、それはすぐに、兄と知り合いと分かるのですが、網で靴をすくい、結局、妹のものでなく。
やがて、妹は、若い男の車に乗って。男は、道に迷っていたので助けたというようなことを言うのですが、妹の財布に、1万円札。
それが、冒頭。

兄は、道原良夫(松浦祐也)。妹は、真理子(和田光沙)。彼女には、自閉症が。

勤め先をクビになった良夫。しかし、新しい勤め先は、見つからない。もともとが、海辺の地方都市。働き口など、ないのです。
ティッシュに、広告ビラを入れる仕事。ひとつを完成させて、1円。
経済的に行き詰まります。家賃は払えない。電気も停められてしまう。食べるものにも困り、ゴミをあさる。しかし、それも、ホームレスから追っぱらわれ。
ティッシュを食べてみると、甘いということにも気づいて。

窮地に追い詰められて、良夫が、生きるために、飢えないために選んだ手段は、真理子を使っての売春。
長距離トラックの駐車場にやって来て、運転手に、本番ありの10000円で、声をかける。真理子の状態に、躊躇すると、値段を下げ。
飲み屋街に出て、声をかける。しかし、その場所を仕切る男に、ぼこぼこにされて。
それで思いついたのが、小さなビラを作っての、「宅配サービス」。
妻を亡くした老人であったり、小さな男であったり、それなりの、需要と供給のバランスは、取れていたのでした。
それでも、知り合いの警官、溝口肇(北山雅康)の知るところとなり。何しろ、そこに記した携帯の番号が、良夫自身のものなので、すぐにばれてしまったのです。それでも、注意するだけで、警察沙汰にしない肇。
そのことが公になったら、黙過した肇も、罪に問われるのでは?それでも、良夫をかばうのは?

ここにあるのは、今の「現実」。良夫と肇が、どのようにして知り合ったかは、語られません。
そもそも、良夫の右足が、なぜ不自由になったかも。
夢の中で、良夫は、遊園地で、他の子供たちにまじって、嬉々として、動き回ります。
その夢を、その夢の中の世界を楽しんでいる、良夫の寝顔。しかし、夢から覚めれば、相も変わらぬ「現実」が、待っているだけ。
真理子の自閉症についても。
この兄妹の両親のことも。
ただ、母親については、良夫は、真理子に、「遠いところに行ってしまった」と。そして、兄妹の幼い頃の、回想の中に。
小さな真理子が、ブランコの鎖に、陰部を擦りながら、快感を得ている、それを止めさせながら、良夫に、しっかりと面倒を見ていなさいと叱る。
母親は、亡くなったのか。それとも、どこか遠いところで生きているのか。 
では、父親は?
父親については、何も語られないのです。
あるのは、今。その「現実」だけ。

そして、その「現実」。
性の快感を知った真理子は、嫌がっていない、むしろ、喜んでいるという「現実」。
その行為の重なりのなかでの妊娠という「現実」。
中絶のための金もない。
真理子を診察する産婦人科の女医、風祭ゆきが特別出演。

中学生の不良たちが、良夫の金を目当てに、電話を入れ、その金を奪おうとした時の、思いもかけない、良夫の反撃。
これは、映画を見て、驚いてください。
その時、真理子の相手をした「真面目な」生徒、彼にとっては、初の体験。
その彼が口にしたのは、真理子との行為、「海の匂いがした」。

工員がひとり辞め、工場主が、良夫の復帰を求めてきた時、良夫の返した言葉、「真理子を、こんなにしたのは、お前だ!」

ラスト、家を抜け出した真理子の向かった先は、荒々しい岩場。うちつける、浪の厳しさ。
なぜ、真理子は、海に行くのか?
追いついた良夫。
良夫の携帯が鳴る。
振り返った真理子。
その時の真理子の表情。
その表情が、とてもとても、印象に残ります。
そこにある「現実」。

再び、工員としての仕事を得ても、良夫の右足も、真理子の自閉症も、変わらない。

貧困と、障害と、差別と、性と、・・・

俳優たちが、日常の世界、そこでの、「当たり前」を、リアルに演じています。それだけに、胸に迫ってくるのです。