5月3日(木)、桜木町にあるブルク13で、「タクシー運転手」、見ました。
チャン・フン監督。オム・ユナ脚本。
韓国、1980年の光州での「光州事件」を描いた作品。
光州事件。
1979年の朴正煕大統領の暗殺。その後の、「ソウルの春」と呼ばれる、民主化ムード。しかし、それを封じ込める、全斗煥らの軍部によるクーデター。
民主化運動を推進する者への弾圧。金大中らは逮捕されたり、軟禁されたり。
抗議のデモ。
1980年5月17日、全国に戒厳令が敷かれます。
全羅南道の光州では、学生による激しいデモ。学生を支援し、いつの間にか、前面に立っていた市民。それを鎮圧する警察。軍隊。
その両者の衝突。
軍隊による、市民への銃撃。市民も、兵器庫を襲撃。銃撃戦。しかし、圧倒的な軍隊の火力。
本来、守り、保護しなくてはならない市民を、軍が、射殺していく。
この、権力による虐殺は、光州への出入りが封鎖され、新聞やテレビなども、情報操作されて、韓国の、他の地域の人々も気づくことがなかった。
1980年の5月18日から27日。それが、光州事件。
市民、学生の死者は、150人を越え。負傷者も、3000人以上。
この事件は、民主化への過程で生じた悲劇。それだけに、韓国の人にとっては、、大きな意味を持っているようです。
これまで見た韓国映画では、1999年の「ペパーミント・キャンディ」。
また、2007年の「光州 5・18」は、直接に、この事件を描いていました。
この、「タクシー運転手」の主人公キム・マンソプ(ソン・ガンホ)は、タイトルのように、個人タクシーの運転手。ソウルの町を、すでに60万キロも走行した、かなりガタの来ている車で、まわっています。
ソウルも、民主化を求めるデモで、交通も渋滞。マンソプは、デモ隊の若者に対して、せっかく大学に入って、何をやっているのか、もっと勉強に精出せと、批判的。こんな住みやすい国に不満なら、国から出ていけと。彼は、サウジアラビアで、過酷な労働をした経験があり、サウジで働いてみろ、が、どうやら、口癖のようです。
この、最初の場面では、「愛国者」であるマンソプ、民主化運動に無関心なマンソプを描いています。そのマンソプが、どう変わっていくか。後半との対比が、明確です。
彼には、11歳になる娘がいます。母親は、若くして病死。父子家庭です。
マンソプには、妻を死なせてしまったことへの後悔があります。
貧しい生活のなかで、妻は、マンソプが将来にも渡って仕事が出来るようにと、自分の病を省みず、無理して車を購入させました。そのため、十分な治療を施せなかったという悔い。
ただ、タクシー運転手の仕事は、得られる収入も限られていて、部屋代も払えず、同じようにタクシーの運転手である大家に、逆に借金を頼む始末。
それだけに、お金が、喉から手が出るほど、欲しかったのです。
前半は、こうしたマンソプの生活、人柄が、丁寧に描かれています。
何やら、「人情喜劇」のよう。庶民の生活が、観客を、泣かせて、笑わせて、描かれていく。その、どこにでもあるような、豊かではないが、平穏な日常。
マンソプを演じるソン・ガンホの存在感、やはり、見事です。刑事であったり、理髪師であったり、レスラーであったり、彼は、様々な役を演じますが、それぞれの職業、それぞれの人生、しっかりとしたリアリティーが裏打ちされています。
今回、彼の作品を、あらためて確認してみると、これまでに10本、見ています。
1999年の「反則王」、とにかく、面白いので、お薦めします。笑って笑って、でも、気がつくと、涙が出ていた、という作品です。
また、2003年の「殺人の追憶」、2004年の「大統領の理髪師」も。
お金に困る毎日。
娘の履く靴も、小さくなったのを、かかとを踏んで履いている状態。何とも、けなげな娘なのです。
そんな時に、光州への、長距離の依頼。しかも、破格の金額。
マンソプは、客の外国人がどういう人物か、そこで何が起きているかも知らずに、光州に出かけて行くのです。
光州で、何が起きているか。
マンソプが分からないのも、当然、です。
情報操作により、国民は、何も分からない。むしろ、暴徒化した者の鎮圧という、真逆のニュースが流されていたのです。
タクシーの客は、ドイツの記者ピーター(トーマス・クレッチマン)。光州での状況を取材するため、危険を承知の上での潜入です。実在した、ユルゲン・ヒンツペーター。映画の最後に、生前の彼へのインタビューの映像が流れます。
実は、マンソプが、このドイツ人記者を客とするに至る、「トリック」があるのですが、ここには、書きません。見てのお楽しみに、してください。
軍隊により、道路封鎖されている中を、裏道をまわり、しかし、そこも封鎖されていて、軍人に、必死に、言い繕って。このあたり、緊迫感をともないながらも、まだ、喜劇的。
しかし、町に入ると、その異様な町の空気。画面が、引き締まります。
マンソプは、そこに暮らす人々と知り合います。大学生ク・ジェシク(リュ・ジョンヨル)。タクシー運転手ファン・テスル(ユ・ヘジン)と、その家族。
他にも、多くの人たちと。
ふと、「男はつらいよ」を思い出しました。フーテンの寅が、旅先で出会う人々とのやり取り。
しかし、政治の暴力が、覆い尽くしていきます。
おにぎりが、うまく使われています。この場合の「うまく」は、「美味く」ではなく、「上手く」「巧く」の方です。当然ですが、それが、どのようなシーンかは、見てのお楽しみ。
この作品、食べる場面が、いろいろとあります。
娘との食事。
大家である、友人のタクシー運転手との食事。
光州で知り合った、タクシー運転手、その家に招かれて、家族を囲んでの食事。
光州を脱出した後での、町の食堂での食事。
それぞれの食事シーンが、多くの情報を与えてくれます。
何を、誰と、どのような会話をしながら、どのように食べるか?
そうした描き方、巧みです。
この作品、全体が、「エンターテイメント性」で、コーティングされています。
私服刑事?公安警察?秘密警察?そのあたり、分からなかったのですが、彼らの追跡。路地裏の逃亡劇。その緊迫感。
銃撃された人々が、血を吹き飛ばしながら、スローモーションで倒れていく描き方。
光州脱出の際の、カーチェイス。これが、けっこう長い。
などの、アクション。
善人と悪人との、完全な色分け。
光州事件の、凄惨な光景、その重たさ。
その一方で、人々とのふれあい、そこに生まれる「軽み」。ほのぼのとした笑い。人情。その暖かさ、優しさ。
凄惨な事件を描いていても、映画作品としての面白さも、きちんと意図されています。
韓国では、1200万人を越える観客動員であったとか。それも、うなづけます。
光州事件の真相は完全には解明されていない。これは我々が解決すべき課題であり、私はこの映画がその助けになると信じている。
この映画を見た、文在寅大統領のコメント、です。
(ウィキペディアからの引用です)
ここに描かれているのは、事実そのものではありません。事実をもとにしながらの創作です。
それでも、いや、それだからこそ、この作品の中に生きている人々が、多くのことを、語りかけて来ます。

