連休初日、鎌倉へ、車で出かけました。
無謀な行為、です。
北鎌倉から、円覚寺、建長寺、鶴岡八幡宮の前を通り、
やはり、人、人、人。
車、車、車。
歩いている人は、こんな混雑の中、車で来やがって、などと、思っているのでしょう。
立場が逆なら、こちらも、そう思います。
で、妙本寺、です。
日蓮宗の本山。霊跡本山。山号は、長興山。
創建は、1260(文応元)年。
このあたり、鎌倉時代は、比企一族の屋敷があったそうです。
比企能員は、源頼朝に仕えた御家人。妻は、源頼家の乳母。娘の若狭局は、頼家の妻となり、一幡を生む。
このため、頼朝の妻北条政子の実家の北条氏とは、対立する関係にありました。
頼家の後、政子の生んだ千幡と、若狭局の生んだ一幡の、いづれが将軍に就くかの争いが生じ、1203(建仁4)年、比企一族は、能員をはじめとして、若狭局、一幡なども、その命を失いました。
千幡が、将軍となり、三代将軍実朝、です。
この実朝、暗殺されますが。
その中で、能員の末子である能本は、生き残り、京に上り、順徳天皇に仕えたりして。
やがて、日蓮に帰依した能本は、1260年、菩提を弔うために、屋敷を献上し、そこに、法華堂が建立された、それが、妙本寺の前身とのことです。
本来は、下から、階段やら、坂道やらを上るのですが、車なので、駐車場が、上にあるので、ここまで来てしまうのです。
息を切らしながら、上ってくる方には、申し訳ないのです。

祖師堂。
鎌倉最大級の木造仏堂建築です。
比企一族の供養塔。
その他にも、屋敷に火が放たれ、その中で死んだ、一幡の着ていた袖を祭った袖塚。
井戸に飛び込んで自害した若狭局を祭った蛇苦止堂。などなど。
また、4月の、桜、海棠。7月の、のうぜんかずらが有名です。
もちろん、もみじも。
鎌倉駅から、歩いて、10分ほど。近いのですが、観光客の足が、小町通りや、段葛、鶴岡八幡宮などに向かうのとは、反対側なので、静かです。
ウグイスが、盛んに、発声練習をしていました。

