3月29日(木)、代々木八幡にある青年座劇場で、「砂塵のニケ」を見ました。
長田育恵の作。演出は、宮田慶子。

この青年座劇場、ビルの耐震工事のため、この舞台が、最終公演。

パリのルーブル美術館に収められている、ニケ。ギリシャ神話の勝利の女神。
しかし、それは、羽ばたくことを望みながらも、台座に固定されて、飛び立つことも許されない。頭部を失い、その飛翔の先が、どこで、どのように飛んでいけばよいのかも、分からない。自由を失ったニケ。
この物語は、「ニケ」の、再生の物語です。

主人公は、緒川理沙(那須凜)。美術修復家。
その凜の、自殺未遂から、舞台は始まります。
裕福な家に生まれ、母の美沙子(増子倭文江)は、いくつもの会社を経営している遣り手。凜は、その母の敷いたレールの上を歩み、母の用意した椅子に座り、そこには、自らの意志も、希望も許されない、母という台座に縛られた存在。
しかも、父親のことに関しては、何も教えられていない。
それだけに、母親が、唯一無二の絶対的な権力者となって、凜の前に立ちはだかっているのです。
もがき、苦しみ、その結果としての自殺。しかし、未遂。
この物語は、凜の再生の物語。

絵画販売をしている陣内(横堀悦夫)から、ある夭逝した無名の画家の絵の修復を依頼される。
陣内は、凜の母とは、昔からの知り合い。好意も抱いていて、子供の頃からの凜を知っている。
それだけに、苦しむ凜の心の内をも理解して、救いの手を差しのべた。
パリに飛んだ凜。ルーブル美術館への出入りも許され、依頼された加賀谷直人(綱島郷太郎)の風景画の修復に取りかかる。

なぜ、加賀谷直人の絵なのか?そこに、陣内の、どのような思惑があるのか?

パリでの凜は、絵画修復に没頭する日々。また、多くの人との出会いも。

舞台は、日本、フランス、ギリシャと、所を変え、時を変えて、「ロマン」豊かな物語、そこに、サスペンスも加わって、展開していきます。
舞台中央に盆を作り、それを回すことで、「世界」を、空間的にも時間的にも、移動させていく。その手法、鮮やかです。

パリ、そこで、凜が「自由」を得たように、母の美沙子も、若き日、窮屈な日本から解放され、奔放な生活を楽しんだ。
パリの空気は、人を、そのしがらみから解放する魔力があるのでしょうか?
そして、陣内に紹介されて、加賀谷と知り合った。
風景画しか描かなかった加賀谷が、美沙子を描こうとする。美沙子は、本名を名のらず、戯れに、「ニケ」と。裕福な家のお嬢様であることも隠して。
自らの内から吹き上げてくるエネルギーによってのみ生きる加賀谷。
美沙子は、魅了される。

母と娘の相克。しかし、お互いの抱えているものは、実は、同じもの。
母の美沙子も、若き日、台座のしがらみを解き放って、大空へ飛翔したいと願った。
時が移り、今では、美沙子が、凜の台座となっている。

加賀谷の絵に隠された秘密を探るために、サモトラケ島に渡った凜。
その後を追った母の美沙子。そして、陣内。
長い旅路の果てに、絵に隠された秘密も、凜の五歳の時の記憶も、パスポートの謎も、あれやこれやが大団円。

豊かな物語でした。

もちろん、作品としての完成は、役者の力も。
悩み苦しみながらも、自らの道を、一途に模索する凜。
その凜の姿に、かつての自分を見ながらも、大人の世界を生きている美沙子。若き日と現在とを、場面ごとに切り替えていくことが、しっかりと出来ていました。
この関係が、しっかりと描かれ、また、演じられています。
また、それを支える、それぞれの役。

青年座劇場の最後を飾る舞台となっています。

振り替えると、この劇場に、初めて、足を踏み入れたのは、1982年。野田秀樹の「大脱走」。演出は、石澤秀二。甲子園を沸かせた、太田幸治の話です、といっても、誰のことか、分からないでしょうが。

新しい青年座劇場、楽しみです。