John's BOOROCKSブログ-I Love The Beatles, Fender Guitars & Movies! -32ページ目

John's BOOROCKSブログ-I Love The Beatles, Fender Guitars & Movies!

ハンドメイド・エフェクター・ブランドBOOROCKS(ブロックス)のスタッフによる、音楽(BEATLES & Fender)と映画の気ままなブログ。

 退院はしましたが、まだまだリハビリ中のJohnです。このブログでビートルズに関する色々な事を書いてきましたが、ビートルズ以外の題材でも事実に基づいたフィクションを書いています。今日はそれをお送りします。楽しんでください。



ボブ


 ボブは憮然とした表情で楽屋に引き上げて来た。思いがけず大きなブーイングを浴びたのだ。

 1950年代、画一的なアメリカ社会を嫌い。逃避傾向の強い新しい思想が登場した。その名をビート・ジェネレーションという。ビート・ジェネレーションはジャック・ケルアックやアレン・ギンズバーグをはじめとするビート作家たちによって、主に文学の世界で展開されたが、それを強力に支持したのが、ジョン・レノンなどと同世代で、戦時中に生を受け、1950年代にティーン・エイジャーを迎えた人たちである。彼らは戦後に登場する世代,ベビーブーマーに対する潜在的な怖れと差別感を持っていた。日本で言えば団塊の世代と呼ばれる絶対的多勢なベビブーマーが好むビートルズのようなバンドを嫌い、ボブ・ディランを好んだ。しかし先の見える音楽家ならビートルズの音楽性の変遷を見逃してはいなかった。特にジョン・レノンと深く交誼を結んでいたディランは、彼の特異性に気付いていた。実はビートルズにマリワナを教えたのはディランだと言われている。

 1965年、ニューポート・フォーク・フェスティバルに出場したディランは、フォーク・ギターをエレクトリック・ギターに持ち替えていた。もちろんビートルズから大きな影響を受けたためだった。明晰な彼はこれからの音楽を左右するのがベビーブーであることを見抜いていたからである。実はフォークシンガーとして大成功する前、彼はロックンロールを歌っていたのだ。だからこそ彼はビートルズを理解」できたのだ。確かにその前年のビートルズの活躍には、目を見張るものがあった。つまり一度は落ち込んだロックンロールをもう一度表舞台に引き出したのだ。しかも白人ナイズしてパワーアップして。それが彼に良く分かっていたからこその行動だった。ところが集まったディランの聴衆たちは彼に手ひどいブーイングを浴びせたのだ。主催者側の強い説得によりエレクトリック・ギターをフォーク・ギターに持ち替えてボブは再びステージに立ったが、その表情は固いままだった。

「あいつらは分かっていない。ベビーブーマーの恐ろしさを。あの圧倒的な人数がビートルズに目をを向けているんだ。間違いなくビートルズの時代が続く。この時,時代は大きく変わる。」

 しかし現実はディランの思惑を遥かに超えていた。巨大なベビーブーマーの塊は二つに割れたのだ。一つは従来のアメリカの画一性を好む層、もう一つはアメリカのベトナム戦争路線に真っ向から反対を唱える層。だが音楽に関しては、一つに纏まった。ディランの思い通りどちらもビートルズを支持していたのだ。と言うのも1965年からビートルズが変わりはじめ、ロックンロール一辺倒ではなくなり、よりポップ色を強めて様々な音楽性を取り込んでただ単に『ロック』と呼ばれる音楽を生み出したのだ。中でもベビーブーマーの中からビート・ジェンレーションの思想的後継者と言えるヒッピーが生まれ、彼らによってサイケデリック時代が到来すると、その先頭を走っていたのがビートルズだったのだ.

 その時期、交通事故によりディランは半引退状態だったのだ。しかし再び姿を現した時ディランの手にはエレクトリック・ギターが握られていた。バックにはザ・バンドを引き連れて。