John's BOOROCKSブログ-I Love The Beatles, Fender Guitars & Movies! -31ページ目

John's BOOROCKSブログ-I Love The Beatles, Fender Guitars & Movies!

ハンドメイド・エフェクター・ブランドBOOROCKS(ブロックス)のスタッフによる、音楽(BEATLES & Fender)と映画の気ままなブログ。

 こんにちは、まだまだリハビリ中のJohnです。去年の半ばに退院はしましたが、まだリハビリ生活を続けています。
 このブログでビートルズに関する色々な事を書いてきましたが、ビートルズに関連する題材でも事実に基づいたフィクションを書いています。今日はそれをお送りします。楽しんでください。




いとしのパティ


 俺にとって本当の友達って、あの頃はジミしかなかった。何しろ同じくブルースを志してたんだ。でもあいつは本当にグレートだった。

 ジョージとは友達というより、彼の奥さんのパティを巡るライバルみたいなもんだった。それほどパティに惚れちまったんだ。ジョージと親しい振りをしてたのは、パティと会う口実だったんだ。だからあの頃、無理してオームズビーゴーァという貴族の娘と親しい振りをしてた。むしろパティと離婚してからの方がジョージとは親しくなった。同士って感じかな、パティを巡る。ジョージが亡くなった時、ジョージの追悼コンサートを俺が取り仕切ったのもそいう訳さ。でもあのコンサート、ポールが仕切りたがってたな。ジョンと同じくビートルズの仲間ではあったけど、ポールにとってビートルズってジョンのことで、ジョージは何時まで経っても彼にとって弟みたいな存在だったみたいだ。

 とにかくあの頃はジョージの奥さんのパティに惚れまくってた。曲も作った。一番売れた「いとしのレイラ」って曲だ。君だって知ってるだろう。あれはパティのことを歌った曲さ。寶今歌うのも妙なもんさ。

 何しろ俺は自分で言うのも変だが、女ったらしだった。俺のバンドにいた女性シンガーはほとんどみんな俺と寝てるよ。その他にもたくさんの女性を泣かせたな。でも今は結婚して大人しくくらしてるよ。本当だぜ。

 あの頃はジョージの奥さんを忘れるためにいろんなことをやった。ヘロインにまで手を出した。70年代中頃には辞めたけど、その代わりアル中になっちまった。80年代半ばには辞めたけどね。

 その頃フェンダーが俺のブラッキーのコピーを作りたがった。でも俺は自分の夢のギターが欲しかったんだ。ネックはブラッキーとちがって30年代のマーチンみたいにハードVネックにしてもらった。サウンドは基本的にはストラトキャスターで歪ませた時にレスポールみたいな音になっるよう、ブースターを組み込ませたんだ。あれ25デシベルもアップする優れものなんだぜ。あれから毎年フェンダーはニューモデルを作ってくれる。最も構造的にいじる場所はないので、色の変更だけど…。と言っても今俺が主宰してるクロスロード・コンサート同様、薬依存症、アルコール依存症治療施設の運営費のためにみんなうちまったけどね。でもこんなこと、やるなんて品行方正になったもんだね、俺も。俺?エリックさ、エリック・クラプトンだ。