1964年、ビートルズをメイン・アクトとし、クリスマス向けのショーが組まれた。俺がジョージと会ったのはそれが初めてだった。俺はその頃ヤードバーズという新進気鋭のバンドに加入していて、そのバンドに回って来た仕事だった。
ジョージは俺のリハーサルの後、寄って来て「君の弾くギター、かっこいいね。どうやってあれ弾いてたんだ?」って聞いてきたんだ。俺はちょっとビックリした。だって今受けに受けてるあのビートルズのメンバーに声を掛けられたんだぜ。誰だって驚くだろう。
で、俺は「いろんなブルースのレコードを聞いて、それコピーをしたんだ。」と真面目に答えたんだ。そうしたらジョージは、
「そうか、僕はロックンロールばっかり聞いてた。」と彼も真面目に返してきたんだ。でもその後に「でも最近アメリカン・ポップもいいよ。アメリカのガールズグループに結構イカスのがあるんだぜ。」そう言えば彼、ビートルズのアルバムの中でも『Devil In Her Heart』みたいなアメリカン・ポップソングを歌ってたなあ。「僕、ロネッツのメンバーと付き合ったことあるんだ。」とお茶目な顔をして言うんだ。彼が冗談を言ってると思って俺は「へえ、そいつはすごいね。」って答えたんだ。
そうしたら彼、少々ムキになって「いやホントだぜ。あのロネッツだぜ。」って叫んだんだ。この後随分打ち解けたな。彼はこの後を続けて、「でも最近気になってる娘がいるんだ。パティっていう娘でものすごくキレイなんだ。」と言った。その時は、後刻このパティを巡って彼と恋のさや当てをするとは思わなかった。
彼が「君を何て呼んだらいい?」と聞いてきたから、
「エリックだよ、エリック・クラプトンっていうんだ。」って答えた。それがジョージとの出会いだった。
それ以後、たまに彼の寝泊りしているアパートへ行ったり、アーティストのよく行くクラブで遊んだりした。
そのクリスマス・ショーが終わって、年が明けるとレコード会社の奴が来て、ボーカルのキース(・レルフ)と話してた。話を聞いていたキースは、少し興奮気味に「やるよ、やります。皆に言うよ。」と言うんだ。そしたら彼、メンバーを集めて「今度この曲をリリースしようと思う。どうだ?」と言って、持っていたいたデモ・テープを皆に聞かせた。
テープの再生が始まった。テープでは「…for your loye,for your love 」と歌ってる。テープが終わったが誰もが口をきかなかった。じれたキースが「どうだった?」と皆の答えを催促する。
するとクリス(・ドレジャ)が重い口を開いた。「今まで俺たちが演ってきた曲と比べると無茶苦茶ポップだけど、今の聴衆にはいいかもよ。ビートルズのポップソングにも慣れてるだろうしな。」すると皆が無言で頷き返してきた。
キースが言う。「俺もいいと思う。この曲で一発当てて、俺達もビートルズの後を追おうぜ。」
そこで俺がすかさずに言った「俺は嫌だ。単なるポップソングはやりたくない。それじゃビートルズと同じじゃないか。俺はこんなポップソングを演りたくてこのバンドに入ったんじゃない。ただブルースが弾きたいんだ。」しかし多勢に無勢で取り敢えずやってみようということになった。仕方なく俺もギターを持ってスタジオに入った。曲が始まって気が付いた。リードギターのパートがないことに。俺は急に馬鹿らしくなって、ギターを持ったまままスタジオの外に出て、部屋の前にあった長椅子に寝そべった。俺が出ても曲は続いていた。誰も呼びに来ない。俺はひどく疎外感を感じた。しばらく聞いていたが、そうやく気持ちが決まった。俺の弾きたかったギターを追求したい。俺は立ち上がるとそのままスタジオを後にした。その後、俺はバンドを辞めた。
俺はロンドンの街を歩き回った。行く宛があるわけではない。ただ歩き回ったんだ。するとどこからかバンドの音が聞こえた。音のする方向へ向かってふらふらと歩き、音の聞こえたライブ・ハウスの前で耳をそばだてた。聞こえてきたのは、何とブルースだ。俺はたまらずその店に入った。タバコの香りが充満した店の中は薄暗く、ステージには4人の男がブルースを演奏していた。曲が終わったメンバーが一旦引っ込むようだ。俺はふらふらと後を付いて行った。男たちは、楽屋らしき小さな部屋に入って行った。俺も後に続いた。するとその中の一人が俺に向かって行った。
「おい、おいここはバンドのメンバー専用だぜ。」
もう一人が俺に気づいたようだ。「あんたエリック・クラプトンじゃないのか、ヤードバーズの?」と聞いてきた。俺もロンドンではいくらか知られてきたようだ。
「ああ、クラプトンだがもうヤードバーズは辞めたんだ。」
「じゃあ、おれのところへ来ないか?」一番年かさと思われる男が言った。
しかししばらくバンドを演りたくなかった俺は「ありがたいけど暫くバンドはもういいと思ってるんだ。」
するとその男が「いや、バンドに入らなくてもいいさ。うちに居ればいい。」とその男が言った。
行く宛もない俺は、その申し出をありがたく受け入れてその日から居候になった。その男はイギリスでもブルース一筋に来たジョン・メイオールだった。その日から俺は、膨大な彼のブルースのレコードを聞き、バンドの練習を覗いたりして過ごした。この時に俺の脳髄には数限りないブルース・ギターのフレーズが叩き込まれた。
ある日、メイオールが俺を見透かしたよう聞いてきた。「そろそろバンドを演りたくなってきたか?」
俺は素直にブルースが弾きたいと言った。その日メイオールに誘われるまま思う存分ギターを弾いた。スタジオでは俺の弾くギターの音の大きさに驚いていた。何しろアンプのナチュラル・ディストーションを得るため、マーシャル・アンプをフルアップしていたのだ。
しかしこのブルース・ブレーカーズのアルバムは大成功だった。一般人にはまるで受けなかったが、ギタリストたちには大受けで『ギターのバイブル』とまで言われた。気を良くした俺は本格的にバンドを演りたいと思い始めた。新しいバンド・メンバーに思いついたのが、かつて見たことのあるグラハム・ボンド・オルガ二ゼーションンの二人、ベースにジャック・ブルース、ドラムスにジンジャー・ベイカーだった。俺は早速連絡を採ってみた。するとジャックは「バンドを組むのは賛成だけど、ジンジャーとは嫌だ」と言ってきた。ジンジャーも「バンドは喜んで入るけどジャックとは嫌だ。」と言う。不審に思った俺はメイオールに聞くと、「あの二人は駄目だろう。犬猿の仲だよ。あいつら仲違いしたからなんだ。」と言ってきた。
それでも諦めきれない俺は、最近知り合ったスペンサー・デイヴィス・グループのボーカリスト、スティービー・ウィンウッドのレコーディングと説明して、取り敢えずレコーディングしてみることにした。スタジオ入りして二人が初めて顔を合わせるという訳だ。このレコーディングは実際に行われ、後にエリック・クラプトン&パワーハウスとして、リリースされた。確か『Whast's Shakin'』と言うオムニバス・アルバムに3曲ほどが入ったはずだ。
ともかくレコーディングは上手くいき、二人を何とか宥めてバンドを組むことになった。バンド名は『the』も付けずただ単に『クリーム』と決まった。1966年、クリームはファースト・アルバム『フレッシユ・クリーム』をリリースした。彼らのライブは通常のものとか違い、アルバムの一曲をモチーフにアドリブ演奏部分を大幅に引き延ばし、まるでそれぞれのメンバーが戦っているようなアドリブ合戦が繰り返された。エリックにとっては、メイオールの家で蓄え込んだたくさんのブルース・フレーズを叩き出すいい機会だった。またジャックとジンジャーの二人にはジャズの経験を持っていた。ビートルズがロックンロールのポップス要素を大幅に導入したように、彼らの場合、ロックンロールにジャズ要素を取り入れたのだ。
クリームは、他に類を見ないその演奏スタイルで人気を集めて行き、レコード売り上げも伸ばしていった。その知名度も上がり、「クラプトンは神だ」とまで言われるようになった。すると以前出したブルースブレーカーズ時代のアルバム『ジョン・メイオール&ブルース・ブレーカーズ・ウィズ・エリック・クラプトン』も俄然注目を集め、多くのギタリストの教科書となった。多くのギタリストの羨望の的となったクラプトンだが、そのプレイ・スタイルは後世のギタリストに大きな影響を与えている。
その中でクラプトンに敢えて挑戦しようとする男がいた。アメリカ生まれの彼は黒人ゆえのハングリーさを持っていて、ロンドンに来たばかりだった。クリームが出演しているクラブに出掛けてはクラプトンに挑戦した。その執拗さに嫌気がさしたマネージメント側は、男に自由に弾かせることにした。持って来ていたギターをマーシャル・アンプにセットし、ジンジャーを振り返った彼は、突然ギターを弾き始めた。舞台の袖に引っ込んでいたクラプトンは斧で打たれたような衝撃を受けた。男のギターが歌っている、クラプトンにはそう感じた。一曲弾き終えた彼は満足した表情でステージを降りてきた。駆け寄ったクラプトンは言った。「君の名を教えてくれ。」振り向いた男が言った。「俺はジミ・ヘンドリックス!」
そう、男はあのジミ・ヘンドリックスだったのだ。そうなのだ、クラプトンとジミは、こうして衝撃的な出会いを迎えたのだ。これ以後、ジミとエリックは親友の契りを結んでいる。また、ジミの名前はロンドンのクラブ中に知れ渡った。あのビートルズの耳にも届いていたのだ。評判を呼んだジミのコンサートは超満員となるようになった。ある日のジミのコンサートそんな満員の客席にいたのは、ジョン・レノンとポール・マッカートニーの姿だった。待っていると、舞台にジミが登場した。彼が突然曲を弾き始めていた。その途端、ビートルズの二人が固まった。まだ発売されて一週間と経っていないビートルズの最新アルバム『サージェント・ペッパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』のタイトルソングを演奏したのだ。
作者のポールにしたら非常に誇らしい一瞬だったことだろう。しかしながらジミは、『世界一のギタリスト』という称号のまま、薬の多量接種でこの世を去った。それはジョン同様、あまりに早い、ミュージシャンらしい死だった。