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John's BOOROCKSブログ-I Love The Beatles, Fender Guitars & Movies!

ハンドメイド・エフェクター・ブランドBOOROCKS(ブロックス)のスタッフによる、音楽(BEATLES & Fender)と映画の気ままなブログ。

今日のお話しもビートルズ関連です。お楽しみください。



ジェイムス・テイラーの飛翔


 70年代を代表する多くのアーティストが、60年代に青春時代を送っていた。その時代に受けた衝撃は幾つになっても忘れるものではない。ジェイムスもその頃のことは忘れられずにいた。ニューヨークのグリニッジビレッジで共に暮らした仲間、ダニーらとデビューを夢見ていた。そんんな時だった。ジョンとポールがロンドンからやって来てアップルの構想をぶち上げたのは。新聞でその記事を読んだジェイムスは、ダニーを誘ってソ―ホーにあるスタジオに入った。手持ちのオリジナル曲を数曲を録音した彼は、それをすぐにロンドンのアップル・オフィスに送った。アップルのĄ&Rマンだったピーター・アッシャー(元ピーターとゴードン)はテープを聞いて驚いた。あまりにもよい出来だったのである。彼はすぐにニューヨークに連絡を入れた。知らせを聞いてすぐにジェイムスは渡英し、アップルのオフィスに立ち寄った。アップルの・オフィスではすぐにホテルを手配するも、手違いがあり何とダブルブッキングで1日だけだが、メリー・ホプキンと同室手配となった。メリーはポールが見出したアップルの新人アーティストである。何事もなく目覚めてすぐにオフィスに向かったジェイムスだが、メリーには印象に残る事件だったに違いない。

 ジェイムスをひどく気に入ったピーターは、デモ録音にあった曲を中心に正式なレコーディングを行った。今聞くと、少々オーバープロデュース気味だが、いい出来である。しかし残念ながらまったく売れなかった。ピーターはひどくがっかりした。丁度その頃ジョン・レノンがアップルの立て直しを目論んでアレン・クラインという悪名高い男をアップルの責任者として連れてきた。利益を上げていたアップル・レコードでもクラインによる改革の嵐が吹き荒れ、それを嫌ったピーターはジェイムスを連れて、ワーナーへ移籍した。

 ワーナーへ移籍と同時にアメリカに戻ったジェイムスは、キャロル・キング作曲の「君の友達」で大ヒットを飛ばし、スーパースターの仲間入りした。アップルにしたらスターの卵を逃したことになる。アップルでのセカンド・アルバムを用意していただけに非常に残念なことだったろう。