ビートルズ、シングル盤私的雑感(その158)バック・イン・ザ・USSR/ツイスト&シャウト(2) | John's BOOROCKSブログ-I Love The Beatles, Fender Guitars & Movies!

John's BOOROCKSブログ-I Love The Beatles, Fender Guitars & Movies!

ハンドメイド・エフェクター・ブランドBOOROCKS(ブロックス)のスタッフによる、音楽(BEATLES & Fender)と映画の気ままなブログ。

今回も1960年代から70年代にかけて、世界中で数多くリリースされた各国独自のビートルズのシングルの話です。今回も昨日に続き、1976年にヨーロッパで企画されたシングル『Back in the USSR / Twist And Shout』の話です。

ホワイト・アルバムに収録された曲のほとんどが、インドでの修行中に作られたものでした。ビートルズ・ファンの方々ならばご存知のことでしょうが、1967年半ばに知り合ったインドの導師マハリシの元で修行をするため、1968年2月にインドに渡ります。その修業期間に、ジョン、ポール、ジョージの3人は非常に多くの曲を作りました。

それらの曲の中で、ほとんどアドリブに近い形で作られたバースデイ・ソングがありました。その修行のキャンプにビートルズと一緒に参加していたビーチボーイズのマイク・ラブのためにポールが作った曲です。その曲では、ビートルズのメンバーとドノヴァンとでビーチボーイズ風のコーラスを付けています。意外と、ポールはこのあたりから、ビーチボーイズ・アレンジの「Back in the USSR」のアイデアを得たのかもしれませんね。ではその「Happy Birthday Mike Love」を聴いてみてください。



さて昨日のブログで、リンゴがこのレコーディングに加わっていないと書きました。これも有名な話ですが、ホワイト・アルバム・レコーディング中の1968年8月末、他のメンバーからの疎外感を強く感じていたリンゴが脱退を宣言して一週間ほどレコーディングをボイコットした時期がありました。その間は、レコーディングが実質的に停滞しましたが、どうしても必要な場合はポールがドラムスを担当しました。この「Back in the USSR」や「Dear Prudence」などがそうです。

この傾向が強まった背景には、このアルバム・レコーディング期間中に8トラック・レコーダーがEMIアビイロード・スタジオに導入されたことが第一の要因でした。これにより多重録音が容易になり、後に「ジョンとヨーコのバラード」をジョンとポール二人だけでレコーディングされたことにも繋がっていきます。

この続きはまた明日に。