
(ポルトガルでも、このカップリングでシングル化されています。)
ビートルズが『アビイロード』を制作する頃までに、EMIスタジオ(後のアビイロード・スタジオ)には次々と新しい機材が導入されていました。あの『SGT. Pepper’s Lonely Hearts Club Band 』さえ4トラック・レコーダーでレコーディングされたのですが、その一年後の1968年には8トラック・レコーダーが導入されました。しかし実は新機材導入に最も慎重だったのがEMIであり、ロンドンのインディペンデント系のレコーディング・スタジオでは、すでに16トラック・レコーダーまで導入しているところさえあった時期でした。ビートルズは、EMIスタジオがスケジュール的に使えない時には、そういったインディペンデント系スタジオを利用していましたが、そこで新しい技術にすでに触れていた彼らは、積極的にそれらの新技術の機材を利用していました。
EMIは1968年にテスト用として8トラック・レコーダーを購入していたのですが、それをすぐにスタジオに導入する意思は全くなく、あくまでもテストとしていたのです。しかしそれを知ったビートルズが、上の意向など無視して、無理矢理スタジオに8トラック・レコーダーを持ち込ませ、使用したとのこと。
ビートルズは1968年のアルバム『The Beatles(ホワイト・アルバム)』の一部ですでに使用していましたが、こうした機材を十分に使いこなした初のアルバムが『アビイロード』だったと言えましょう。
この「Oh! Darling」のサウンドも、それまでのビートルズと比較しても重厚なサウンドになっている事に気付かれるでしょう。ベースの音量が従来のビートルズと比較して、『アビイロード』が全般的に大きく重く録られています。
ベースの音量を上げて収録するためには、コンプレッサー/リミッターが必要でした。アメリカでは早くから取入れられていた機材ですが、旧態然としたEMIにおいては、やっと1965年の半ばに採用され、ビートルズでは「Paperback Writer」以降に使われるようになりました。そして『アビイロード』では、それを極限まで利用して、可能な限りの最大音量でベースが収録されました。さらにドラムス、特にバスドラムにもコンプレッサー/リミッターが使われ、格段にサウンドも重厚に仕上がりました。
ビートルズが初めてレコーディングした1962年から、この『アビイロード』の1969年までの7年間で、レコーディング技術は驚くべき進化を遂げましたが、それを推進していたのが、まさにビートルズであったことが一目瞭然に判る変化でした。進化する技術を、使いこなしてこそ本来の『音楽の進化』が見られるのですが、それを実現したのがまさにビートルズであったのです。この「Oh! Darling」そして『アビイロード』は、ビートルズ・サウンドの最終型となりました。これ以後、デジタル技術の導入に至るまで大きな変化/進化がありましたが、ロック・ミュージックはこのビートルズの最終型以降、大きく変わる事がありませんでした。45年も前にレコーディングされた『アビイロード』が現在でも全く古さを感じさせない事が、それを物語っています。
この続きはまた明日に。