今日は…以前 お伝えした トルコの国について お話します……(^-^)
気になるから…はよ 聞かせれ~☆ という声を 数件いただきましたので……………(^-^;
遅くなって すみません………(>_<)
日本と トルコ…
全然 関係がないように思えますが…
密室な関係があります…。
そもそも 事の発端は 今から約120年前…
日本のある町の近くで、1隻の船が沈没しました。
名前は エルトゥルル号…。
トルコ軍の軍艦です。
乗組員は全員 海に投げ出され 必死に海を泳ぎ ある町に たどり着きました…。
町の名前は忘れました………(>_<) すみません(>_<)
ちなみに夜中に、たどり着いた船員が ある民家に助けを求めに行ったそうです…
もちろん住人は びっくり!
見たことのない外国人が 血だらけで、聞いたことのない言葉を話していたのじゃから…
見よう見真似のジェスチャーから 海岸に連れて行かれ…
その驚くべき光景を目にします…!
岸まで泳ぎきれず 力つきて 海岸にたどり着いた 船員の亡きがらの山…
この光景を目にし、事の重大さに気付き…
町の人を起こし、生きている人を探し 救護する事にし…
夜中にも関わらず 町の人総動員で 救護しました。
そして 翌日は 何十人ともなる 亡きがらを埋葬する為 町の人は また海岸へ…
夏だったからか 亡きがらは 異臭を 漂わせて たまらない臭いだったみたいです…
なので町の人は 鼻に 草を詰めて 作業を行ったみたいです…。
そして 数ヶ月後…
町の人の献身的な救護の おかげで 生き残った人は 完全回復したそうです☆
それは かなりの感謝を受けたと やっていました。
しかし 問題は これから。
祖国に帰る為の手段がない…。
ある事はあるんじゃけど 莫大な費用が かかる…
とても小さい町には ある訳ない。
そして…町の人が 国に懇願に行きます。
すると 政府が動きました。
しかし、当時の日本は、お金に余裕がなく…、困った末に出した結論は…
全国から 寄付金を募ると いうもの…
もちろん 国に余裕がないので 当時の国民にも余裕がない…
しかし 結果…かなりの額が集まったそうです。
十分 トルコに行って帰れるくらいの額が…。
結果 生き残りの船員を その費用で 無事 トルコに送ったのでした。
もちろん トルコ政府は 日本を たいそう感謝したみたいです。
これが のちの、エルトゥルル号の悲劇と 呼ばれる真相です。
これは 今では トルコ全ての人が 知っている事件でもあります。
学校の教材として 教えている為です。
もちろん このたどり着いた日本のある町の人 ほとんどの人も この事件を知っています。
この町も 学校で 教えてるそうです。
わしが1番感動したのが…
その事件以来 数々の交流があった中で…
時代は変わり…、イランイラク戦争の時…
イラクにいた日本人が 戦争が始まったので帰国出来ずにいた。
もちろん 日本以外の国の人も同じです。
じゃけど…日本以外の人は その国の救援機が イラクに来て 取り残されていた国民を 自国に運びます…
しかし 日本だけ…、日本だけは 自国の救援機は 来ず…!
救援機の安全が保証されないから… という理由で。
でも それはどこも一緒な訳で…。
それでも来るのが 国としての役目じゃないだろうか…?
いわゆる 見捨てた… といっても過言ではないと思います。
日本の対応に絶望して 人生の最後を覚悟していた時に… 1機の救援機が 戦争中のイラクに やってきます…
そうです。
トルコの救援機です!
トルコ国民は1人もいないのに…
日本人を救う為だけに…
危険極まりないイランへ…。
エルトゥルル号の恩返しと ばかりに…(;_;)
感動です(;_;)
トルコ政府の この判断により 取り残されていた 全ての日本人は 救われました…☆
めちゃめちゃカッコイイとは 思いませんか…?
その後 トルコ政府の言葉にも 感動しました。
【我々は エルトゥルル号の恩は 決して忘れません。日本の皆さんの温かい心を これからも トルコ国民に教えて行くでしょう。困った時にはお互い様…という気持ちを教えてくれた日本の心と共に…】
トルコ…、素晴らしい国ですよね。
見る目が 変わりました。
それに比べ 今の日本は…。
昔の日本は 貧しいなりに、素晴らしかったんですよね。
国…国民が 一致団結した結果 トルコという国を動かしたんだと思います。
もっと もっと こういう素晴らしい歴史を 日本は 多くの皆さんに 知ってもらうべきよね。
温度差を感じざるを得ない…
わしは トルコという国… 大好きになりました☆
信がある国 トルコ…☆
皆さんも 少しでも 頭の片隅に 覚えていてくれたら 嬉しいです(^-^)
以上 トルコの話でした☆