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ことのは

日々のことを綴っています。

水木しげるさんの
「ほんまにオレはアホやろか」 「水木サンの幸福論」

昨年に行った島根・鳥取旅行で水木しげるロードにあった「水木しげる記念館」元々、水木しげるロードで写真を撮ったら帰ろうと思っていたんだけど、ついでだからとはいってみた。


入り口にあった鬼太郎と。

それまでの水木しげるさんの漫画やイメージは古臭い、妖怪を信じているどかこおかしな人というイメージしかなかった。

水木しげるロードも友だちが乗り気だったので、私はそこまででもなかった。その日、観光した美保神社がその日の私のメインだった。

ゲゲゲの鬼太郎
自体、昭和臭のするアニメという感じだった。

全く作品を読んだこともなく、アニメのゲゲゲの鬼太郎しか知らなかったからという言い訳をしつつ。

でも水木しげる記念館で目にした、水木しげるさんの作品の言葉にはハッとさせられたり、そうなんだけどね……と思ってみたり。ぱっと見て浅いようでとても深い言葉だなぁと思ってみたり。

でも時間がなくって駆け足でみるしかなくって、もっとしっかりとみたかったと消化不良に。

私の水木しげる観が一気に変わりました。
ただの妖怪好きな変なおじいちゃんじゃなかったんだって。

その旅の一番の目的だった、出雲大社。
出雲大社は何か神聖なるものが住んでいそうなそんな神秘的な場所だった。

友だちとあの山の中には絶対に何かが潜んでいるって話してました。

ガイドブックでしか読んでいかなかった出雲神話。きちんと知りたいと思って旅行が終わってから読んだのが水木しげるさんの漫画。
私の水木しげるさんの漫画で初めて読んだ本でした。
とても事細かに神話がそしてちょっとある水木しげるさんの思いに。

それから月日が流れてまた出雲大社に水木しげる記念館に行きたいと思う気持ちがむくむくと。

しかし新型コロナウイル感染症のため計画を立てることは困難。
そして新型コロナウイル感染症予防のための閉塞的なギスギスしたりした空気。
ふと水木しげるさんの「なまけものになりなさい」という言葉。水木しげるさんのなまけものという信条はどういったものなのか。読んだら何か視界が良くなるんじゃないかと思い手に取りました。

読んでみて、水木しげるさんはそんなになまけものではないことがわかりました。
ずっと揺るぎない、生きたい、絵を描いていきたいという思い。
戦争の悲惨さ。運の強さ。絵が大好きなこと。目に見えない世界を大切に生きていたことを知ることができた。

以前の私の水木しげる観は妖怪が存在すると信じているおじいちゃん……ってちょっと馬鹿にしているような感じだったけど、でも目に見えない世界を信じることは大変だし、目見えない世界を信じることの方が遥かに世界は広がっていくと感じた。そして水木しげるさんが妖怪はいないんじゃないか?と疑ったことがあったことにも驚いた。

そして水木しげるさんが育った境港市やあの地域の神話たち。今の私が出雲大社に行って何か神聖なるものがいるかもしれないと思わせるくらいの場所。物心つく前から住んでいたらすんなり信じることができるのかもしれないと思った。

なまけもので仕事なんてやりたくないと言っていたのに、死ぬまで仕事をするのも幸せだと感じることもある晩年。それだけ仕事を絵を描くことを愛していたのだろう。仕事であり、趣味であり、最愛のものであったのだろう。

ゲーテなど哲学の書物を読みあさったり。

給料を貰った時には美味しそうなバナナを奥様と一緒に食べるほっこりとする慎ましさ。

戦地でお偉いさんが口論しているのがきこえて、何を言い争っているのか聞き耳を立てれば、
水木しげるさんが精神異常なのかそうじゃないのかと言い合っていたという。

水木しげるさんは子どものことを「ベビィ」という。その独特な言葉もほっこりとする。
そしてアホだと言われ、自分も言ったりもしながらも自己肯定感の高さ。それが全然自慢にもきこえず。そんな風に思ってこれたからこそ、好きなものを好きだと、一生懸命にやってこれたんだろうなと思った。

水木しげるさん深い。深すぎる。

もう少し、漫画やら色々と読んでみたくなりました。

そして早くまた旅行にいきたいです。
水木さんの仕事を見張る私という構図。


風とロックも中止。

切ないなぁ。

友だちとチケットの最速先行がまだ出てないのをみると開催は危ういかも……なんて話しをしたばっかり。

あの穏やかな本当にどこかの村主催のような温かで緩い雰囲気が好きなフェス。


昨年の写真を探したら入り口の写真なかったから一昨年のを。

大きなものだから早々に決めないといけない。でも9月迄も音楽はコロナの影響を受けていることが確実であることも。

ライブハウスでのライブ解禁はやってくるのだろうか。小さなライブハウスで小さなバンドさん……どう言ったらわからないけど、そんなに影響が出なさそうな人?……とかであれば趣味レベルであればそんな日も遠くないのかもしれない。

でも早々にライブハウスでのクラスターが発生してしまっているのでそこそこのバンドさんがやるのはとても慎重にならざるを得ないのは当たり前のこと。きっとやっても批判。やらな過ぎても批判なんだろうな。

こんなにライブにもフェスにも行かないのは果たして何年振り?
凄いライブに行きたい!!って思うこともあるけど、日々日常を過ごしているとライブに行きたい気持ちも薄れていって、旅行や必要最低限の外出での生活が当たり前になって、これでストレスが溜まりすぎて辛い過ぎるというこもそんなに感じなくなってきて。これが日常というのであれば、受け入れられそうで。ぶっちゃけ、仕事は普通にあるので外出できない以外そんなに日常生活変わってない気もする。

それでもやっぱりふいにライブに行きたい。旅行に。ここではないどこかへ。と思うのです。

緊急事態宣言はなくなったけど、仕事柄厳しい生活は相変わらず。

医療の場はコロナに対して一番厳しく、一番最後まで徹底していかなければならないと。

9月には旅行に行きたいと漏らしたら、ワクチンができあがるまでは控えて欲しいという話も。いつ実現するのか。
みんながコロナ自粛明けに旅行やらライブやらを楽しんでいる中一人、まだ自由にできない自分も切なかったりするだろうな。

風とロックの話からどんどん逸れていった。
昨年の風とロックは暑かった。日差しが凄かった。
一日でできた日焼けも凄かった。
腕の日が当たる部分と当たらない部分の色の違い。友だちと笑うしかなかった。

両方私の腕。

細美さんの野球もみれて。
「脱げないアンダーウェアを着ている」と言われて動揺している細美さんがいた。バッターボックスに立った細美さんは一生懸命だった。そんなところが好きです。

そうそう、スコットがMVPだった。スケット外国人大活躍。

楽しかったな。
またMONOEYESのメンバーと楽しいフェスを。そんな思いを込めて作ったダルマ。

フェスにいってワークショップとかにも参加しちゃうのはこの風とロックくらいです。
緩やかな雰囲気がそうさせるのか。

医師は言う。
コロナがなくなることはあり得ない。
どう共存していくのか。
もうあの頃には戻れないんだろうね。
あの頃には戻れなくてもまたフェスで笑っていられる日が来るといいと思うのです。


友だちに凄い楽しそうな顔!
と褒められた、まだフェスに行くようになって2年目くらいの写真。そんな風に言ってもらえるよな顔でフェスに行きたいな。