本音の楽園(仮)

本音の楽園(仮)

タイトルも変えて新たにリスタートします。

大学4年の史上最悪な黒歴史は、大波乱が約3ヶ月間巻き起こった後で…、呆気なく終わりを迎えた。

2016年7月に入ってすぐ、いつもと同じように『大学、研究室なんてもう行きたくない』と憂鬱感も背負って研究室へ向かうと…、時計の時刻は、『AM8:45』と指していた。いつもだったら、糞野郎の研究室は既に電気がついていて、糞野郎と女子学生1人、あの2人がいるはずなのに…、

研究室は施錠されたままで、中に入れなかった。

その時は『??、あの糞野郎は休みなのか?』と思い、その日の午前中は大学内の図書館やPC教室で国家試験の勉強をしながら、何度も研究室が開いてるのか様子を伺った。何度も行っても施錠されたままだったから、同じゼミ生の女子学生にLINEして聞いてみても『いや、私も知らないわよ』と返信が来て、この日は午前中で大学を出て帰路を辿った。

その日以降も研究室が施錠されたままで、『何かおかしい』と感じた矢先に、ある日大学の卒業アルバムのゼミクラスの集合写真を撮る日を迎えてしまった。勿論、6月中旬の段階で、あの2人も、長らく顔を出していない奴らも日程も伝えているはずなのに、誰も来なかった。

アルバム制作担当の学生やカメラマンの方に少し時間をもらって、糞野郎に電話した。

そいつはあの時なんて言っていたのかはあまり覚えてはないけど、ただ弱々しい声で『体調が良くないから、会いに来てよ』って電話越しで言われたのだけは何となく覚えている。

その一言で、張り詰めていた最後の我慢の糸が『ブツンっ』と切れて、あまり記憶はないけど、『ふざけないでください。誰もあなたの声を聞く為に電話したわけじゃない。それに、私の質問に答えれてないからもう話にはなりません』とそれだけ言って直ぐに電話を切った。

ひと呼吸を置いてから、アルバム制作担当の学生の子とカメラマンの方に『電話で確認しましたが詳細な理由は分かりませんが、今言えるのは今日の撮影は中止にしてください。すみませんでした。』と泣きそうになりながら、頭を下げて謝罪をした。『そうですか、分かりました。』と冷たく淡々とした返事が返ってきて、立ち尽くす私を置いて立ち去った。

その後も他のゼミクラスの集合写真を撮れていく中で、私が所属してたゼミは…、夏休み明けた10月に入った頃だった。その時に集まったのは、私と同期の女子学生、留年して再履修していた一つ上の先輩の3人だけだった。顔を出さなくなったあの3人は来なかった。

3人だけの集合写真を撮り終えて、来てくれた2人に『来てくれて本当にありがとう。』と言った。

これで本当の意味で……、『地獄のゼミ』が離散して終わったーーーーーーーー。