元彼と別れたその日は、狂ったように泣いた。
でも、家族や大学の友達、先輩や後輩達の前では、気丈に明るく振る舞った。たとえ辛くても、悲しくてももう関係がなかった。みんなの前では明るい姿を見せないと壊れてしまうと感じた。
その後は、大学2年の秋に仲の良かった後輩の女の子からの紹介で、他大学に通う同い年の男子大学生(後の、今の旦那)と出会った。
彼とは大学が違うけど、週1のペースで会って楽しく幸せに過ごせた。(ここでは全部書き切れないくらいに)
こうして大学2年は何事も無く過ごせたけど、
最後の2年間は、思い出すのも辛くて苦しいレベルの『黒歴史』として記憶に残る。
大学3年は、新しいゼミクラスに変わった。それも3年と4年、2年間同じクラスで過ごす事になった。そこでとんでもない地獄を見る。
ゼミ生の人数は、女子3人、男子3人と、計6人でスタートを切った。
それでも、3年の前期ゼミは何だかんだと言いながらみんな仲良くして、ゼミ活動を取り組んだ。
ただ…、1人の女子学生の虚言癖に振り回されたけど、予想内だったから上手く対処すればほぼノーダメージだった。
でも…、3年の後期ゼミが始まってからは少しずつゼミ内の雰囲気や全体のバランスが崩れていった。1人、また1人とゼミ生の姿が見せなくなり、教授(のちに、呼び方が変わります)の機嫌がどんどん悪くなり、ゼミの講義の開始時や最中に『何で来てない奴がおるんだ』等‥、怒鳴り声をあげて説教する事も増えた。
険悪な雰囲気のままで迎えた4年の前期。
この時のゼミ生の人数は、女子2人、男子2人(私の同期は1人、もう一人留年して再履修した1歳年上の先輩)の実質的に4人で稼働してた。
その頃のゼミの雰囲気は、『険悪』を通り越してもう『最悪』でした。
卒業論文の進捗状況を共有する時間と、社会福祉士の国家試験の勉強の時が特に、最悪だった。
何故かというと……、卒業論文の共有する時間は、いつも同期の男子は教授からの強烈過ぎるダメ出しや罵声を浴び、国家試験の勉強の時は教授からの全体に圧をかけるような発言を繰り返していた。
そんな中で私は、ゼミの教授、いや、糞野郎からセクハラを受けていた時期が有りました。
それも忘れはしない、2016年3月〜6月の約3ヶ月間に渡ってやられました。
これもされた事は箇条書きで纏めると
《・教授(糞野郎)の研究室内で私と2人きりになれば、『好きだよ』とか『愛してる』等を言って口説いてくる》
《・大学の最寄り駅まで車で送る口実で、連れ回す。(3回された)》
《・ラブホテルの駐車場まで連れて行かれる。(※必死に抵抗した為、建物の中まで行く事は無かった)》
《・車で連れ回す際に、必ず助手席に座らせられた。その時に太腿を嫌らしく触られた》
《・朝晩1日2回のゼミ活動とは無関係のLINE》
《・不定期でLINE通話で気持ち悪いラブコール》
《ゼミの講義中では否定的発言だったけど、2人きりになれば急に態度を変えて褒め出す》
もう思い出す限りに書いたけど、どれも気持ち悪い🤮 とてもじゃないけど、よく大学教授なんて出来たのねと思った。
もっと最悪なのは、それらやったにも関わらず……、大学4年の夏頃、謝罪や弁明も無く『体調不良』を理由、いや、言い訳で退職して逃げていった。あれから約10年が経った現在も謝罪や弁明がありません。
私は現在はもう、謝罪や弁明、慰謝料なんて要らないから…、地獄に堕ちろと強く思っている。