人間、早々変わらない。

言われ続けている言葉。

分かっている。


しなければいけないこと。

まずは自分が変わること。

芯は変わってはいけない。

そもそも変われないし、そうあるべきではない。


それでも、芯以外の部分では変わろうと思えば、変わろうと思いさえすれば変わることができる。

人間、優しくも鬼にもなれる。

壊れてしまったものや失ってしまったものは、元には戻せないかもしれない。

けれど、違う形やもしかすると元以上に形成できるかもしれない。

ただ、放っておいたり、何もしなければ戻すことは不可能。

自分で勝手に決めて、それに従うことは難しいけれど容易い。

つまりは自分だから。


第3者がいる場合はそうではない。

人にとって、これが正しいという考えは独りよがりなのかもしれない。

できない・それが正しい・そうすべき、ということは、結局は勝手な話。


本当に傷つけてしまった人が望んでいること、本来あるべき姿が、本当はあるのかもしれない。

ただ、今までの経験や歴史が、そのように考えさせることをためらわせている。

それはその人であって、それがあってのその人なのかもしれないけれど、常にそのようにあっていいのだろうか。

ただ変わらない姿は美しくもなんともない。

ただ、変わることが怖くて、逃げているだけ。


幸せの形は人それぞれ。

幸せの形態は、各自が決める。

良かれと思って…=自分にとって都合がいいだけ。


「愛」があれば、なんでもできるとは言わない。

ただ、ないよりはある方ができることは多い。


多くの気持ちに支えられている自分がいる。

重い自分がいる。

一人より二人。二人の方がしんどいのかもしれない。

それでも、、自分がしてしまったことを考えた時、あるべき姿は一人なのだろうか。


私は変わろう。

変わることができるかは自分次第。

できるように努力しよう。

日々、少しずつでも前進しよう。

光や希望が見えなくても、想う人たちを大事にしたい。

その人たちを、傷つけたりしないよう強くなりたい。


国語の教科書にあった歌

今でも覚えてる


<ねがいごと>
あいたくて
あいたくて
あいたくて
あいたくて
・・・・・・
きょうも
わたげを
とばします

私は飛ばしすぎて、こと切れたのかもしれない。

色々ありすぎで、考え過ぎて、ウソと本当が混座ってしまう自分がいる。

本当はちゃんと想っていても、信じていても、素直になれない自分。

これ以上、傷つきたくないのだろう、と自己分析。


ちゃんと大切なこと分かっているつもりだし、自分がどうしていきたいのかも分かっている。

うまく言葉にはできないけれど、伝わらなかったら意味がないのだろう。

同じことを人にも言ったのだから、自分は有言実行しよう。


人生、楽しいことと辛いことのごった煮みたい。