【発達障害】って言葉をよく聞くようになって、自分自身にも夫にも我が子にも…いろいろ思い当たるフシがあるなぁ〜って思ったりもする。
でも、努力や工夫や環境や…様々な要素でそれなりに生活してこれているのだから 【障害】ではないのだろうな。
きっと本気でその悩みを抱えてる人たちにしてみれば、そんなことでどうにかなるようなものじゃない!ってことなんでしょうね。
で、その言葉との対比(?)で使われる【定型発達】という言葉がよく分からん。
何をもって【定型】と言う?
育児書に掲載されている『◯ヶ月で〜〜ができるようになる』とか、母子手帳の保護者の記録として『〜〜ができますか(しますか)?』に『はい』って答えられるとか、そういうこと?
息子(中2)は、言語発達においては著しく遅れた。
でも、私も息子自身も困っていなかったので 専門家に診てもらうこともなく…
最終的には幼稚園年長の時に、滑舌が悪過ぎる為に【ことばの教室】に通うことにはなったけど。
息子は他にも…例えば、人見知りというものが無いどころか 人との距離感がなんとなくおかしくて、知らない人にニコニコしながらついて行っちゃうとか 一緒に遊んでいる子に近づき過ぎちゃうとか、
小学生になってからは 字を書くことに難有りとか。漢字を覚えられないレベルが酷すぎて
…なんか具体的に挙げると切りがないくらいに、上記の【定型】のイメージからは遅れていたし 周りの同学年の子と比べると出来ないことが多過ぎた。
でも、そこは私の呑気な性格と 名ばかり専業主婦の私は息子とじっくり向き合う・付き合う時間がたっぷりあったことで、特に困った問題とは捉えずに過ごしてきた。
そんなこんなで中学2年。
今の息子も【ちゃんと出来てる】かどうか?と言われたら 正直疑問は残るけど、
それでもたぶん いわゆる【ふつう】の中学生に見えてると思う。
いろんな苦手はあるけど、【ふつう】に中学校生活を送っている。
【発達障害】と【定型発達】の間に【ゆっくり発達】っていうのは無いのかな?
息子は息子なりに成長してる。
同学年の子たちの成長スピードに追いついている、差を縮めている。
もちろんそれぞれの環境や考え方があるから一概には言えないけど、
【定型】とか【ふつう】とかってものに囚われ過ぎずに 一人一人と向き合えるゆとりのある社会だと良いなぁ〜って思う。