2014年も、あと7日。
今年は色んなことがあったなぁ。
3月27日、父のガンの再再発と、これが最後の治療と宣告された日、私の妊娠がわかった。
孫が生まれてくることが、父の生きる活力になる、このタイミングは奇跡なんだと信じたかった。
最後の治療の結果、腫瘍がほとんどなくなっている、効果があったということで、父は退院した。
腫瘍はなくなったはずなのに、父はよく転ぶようになり、手は動かなくなっていき、歩けなくなっていった。
本当に治ったの?
日々できることが少なくなっていく父を見ていて、本当に辛かった。
だけど、腫瘍は消えたから、きっと元に戻れるはずだと、信じて、明るく振舞っていた。
6月、父は自分で起き上がることも、食事を摂ることも、上手く喋ることも難しくなっていた。
ガン発覚当初からの担当医から告げられたのは、腫瘍はなくなったのではなく、小さく散らばっていただけだった、ということ。
もう長くはない、もって夏まで、と。
愕然とした。
どうして?なんで?嫌だよ。嘘だよね?
12月には赤ちゃんが生まれるんだよ?その時まで生きれないの?
どうして?どうして?
本当に辛かったけど、母と私はお互い、決して涙を見せまいと、ぐっとこらえていた。
父に悟られないように。
あと2ヶ月、父との思い出をたくさん作ろう。
それからは、私も実家に帰り、父との残されたわずかな時間を大切にしようと決めた。
車椅子を押して、ピクニックに行ったり、温泉に行ったり、父が好きな鰻を食べに行ったり、大好きなビールをいっぱい飲んだり…本当に楽しかった。
8月に入り、父の容態はますます悪化した。
完全に寝たきりになり、喋る事もほとんどできなくなっていた。
自宅での介護が難しくなったため、近所のケアハウスに入所した。8月15日だった。
8月17日、父の診察に同席するため、仕事を午後から休み、病院に駆けつけた。
車椅子に乗った父は、大きなイビキをかきながら寝ていた。最近は、一日中寝ているようになった。
イビキなんてかかなかったのに、ここ数日で、急に大音量のイビキをかくようになった。
父のガン発覚から、ずっと気にかけてくれていた看護師が、父のイビキをかく様子を見て、「多分、舌を支える力もなくなってきてるんだと思うよ。おそらく、一週間もないかもしれない。」
医師の診察でも同じようなことを言われた。
ケアハウスに戻り、父の容態と病院での診断結果を職員の方に話し、翌日、看護師と社会福祉士を交えて、今後のことを話し合うことに。
翌日の話合いで、病院の緩和ケア施設へ移ることに。
緩和ケア施設へ移動するとすぐに、父には酸素マスクがつけられた。
母と私は看護師にこれまでの経緯を告げた。
どうか、よろしくお願いします。
その日は、私は実家ではなく、自宅へ帰ることにした。
自宅に戻り、お風呂に入って、一息ついたその時、母から電話があった。
父の容態が悪化した。もう危ない状態だと。
呆然としたが、とりあえず、急いで車を走らせた。
病院まで1時間半。
どうか間に合って。
運転中、母からの電話が鳴った。
父が亡くなった、と。
視界が涙でぼやけた。
涙が止まらない。
お父さん、大好き。
病院に着き、父の元へ駆け寄ると、父は、眠ったように穏やかな顔で亡くなっていた。
8月19日、約1年半にわたる、父の闘病生活に幕が下りた。
その3ヶ月後、私は母になった。
毎日が怒涛のように過ぎていくし、初めての育児で不安がいっぱい。
だけど、お父さんが見守ってくれているから、大丈夫。
毎日を大切に。
2014年は生と死に直面した年。
濃い一年だったなぁ。
お父さん、大好きだよ。