おはようございます。
土曜ですね
お休みのかたも
お仕事の方も
本日も
頑張りますか?


さて、
こころの
「うかくさ」
羽化草?雨下草?
って知ってますか?

殆どが
これで、だいたい片が付きます


この「うかくさ」を
こころを込めて
まずは、言ってみてください
こめて

どういうふうにするか?
というと
「ほとばしる」ように
「吐露」するように
見たいな感じです

じゃ、うかくさ・・・
って言うの?

いいえ違います

う=嬉しーい!
か=悲しーい!
く=悔しーい!
さ=寂しーい!

です。
なんだ、そんなことか

どうです、心を込めて
言えます?

難しくないでしょ
簡単です

そしたら、次に
この4つだけを武器に
他人と接するわけです

なんで、こんなことをするか?
といいますと

人のこころは、基本
「うかくさ」の4つです

でも、私たちは日常的に
こころを殺して生活しています

思わないようにする?
といいますか
思ってない振りをする
といいますか

実際は、感じているのに
思っているのに

以前、重度身障者者施設のクリスマス
か、何かのイベント、ボランティア、
に参加したことがあったんです。

で、生バンドの演奏があったんですね
そしたら、普通にクルマ椅子に
座ってた人たちや、大人しそうに
してた人たちが、曲が披露されると
突然、自分なりの動ける
範囲で、踊りだすんです

嬉しそうに。楽しそうに。
回りの目なんか気にしません。
本人が嬉しいから、踊るんです。
嬉しいから。楽しいから。

そんな時、
無邪気でいいような
って、いいますよね

でも、この無邪気
邪気が無い
わけでしょ

凄いことですよ
こころがキレイと言うか
澄んでいるというか

どっちが幸せか?
と言う話です

幸せになりたかったら
どうするか?
って話です

先ほどの「うかくさ」
これは、神さまや仏さまと
同じこころです
神仏という表現に抵抗がある方は
お天道様でも結構です。
そこに大意はないですから

要するに
我(が)がないんですね

これに対して
我(が)が中心の
人間になってくると

これは、凄いです
誰でも持っているんですが

うらやましい(妬み、常に誰かと比較している)
怒り(常に思い通りにならないと腹が立つ)
もっと欲しい(物欲は勿論、相手の優しさなど)
自分をかばう(傷つきたくないので逃げる、避ける)


こういうのは、自己中心と呼びます
自分に執着して、いていかにも
自分を大事にしているようでも
所詮、自分が中心です
自分のことばっか、です

それでね、今日の
例えば、朝、起きてから
いま、この読んでいる
瞬間までのことを
思い出してみてください

まず、朝、目が覚めた、これは?
目が覚めたくなかったのに?
まあ、別にどっちでもいいんですけど
嬉しい?
悲しい?
寂しい?
悔しい?

起きて一分もしないうちに
「おはよう」と声をかけれる
家族がいることは

嬉しい?
悲しい?
寂しい?
悔しい?

嬉しい、だから
ありがとう、って言葉も
でてくる

過去のことでもそうです
誰でも、一つや二つ、
蓋(ふた)をしてることがあります

蓋をしている事柄について
思い切って、客観視します

そっと、覗いてみると
そのときの自分は
どうだったんだろうか?

悲しかったのか?
それとも
悔しかったのか?

冷静に気づいてなかった
感情を客観視できます

もやもやするとき
我が動いているときが
多いです

これも、確認できるように
なります

そうなってくると
初めて、人のこころが
感じれるようになってきます

こころと
こころの
やり取りだけを念頭に
おくと、感激の連続です

それを幸せと呼ばずして
何を幸せと呼ぶのでしょうか

他人の我(が)も見えます
感じれます

自分が大きくなれると
ムリもないよな、って
許せるようになれるでしょうし


そして、友人に伝えてみましょう

「この前、○○って声かけてくれて」
「ありがとう」
「すっごい、嬉しかったー!」

同じく、家族にも
伝えるようにして

これは、こころを中心とした
生き方です


殺伐とした世のなかで
本当の幸せを求めて
生きていきたいものですね