3秒ルールと聞けば
何を思い浮かべますか?
私はすぐにバスケを連想します
ゴール下のエリア内に
3秒以上居座ったら
だめだというルールです
今日お話しするのは
3秒で時間切れする
会話のルールです
これを身に着けれたら
かなり、幸せになれます、
いや、100%かな?
豊かな人生を歩めます
ひとは、よく「もう一人の自分」
といいます
そんな自分がおるんけ?
と思ってしまいますが
どういうことかといいますと
なんとなく、こうしたほうがいいのに
って、分かっているけど
できない ってやつ
葛藤
ともいう?
言わないかな?
私、病院内の廊下で
通りの真ん中に落ちている
ごみを拾うか、拾わないか?
毎回、かなり迷います
時間にして2秒です
半々、
いや、7割は
拾わないです
拾えや、という自分と
かっこ悪い、という自分と
いますが
話は飛びますが
先日、近くのイオンモールで
スーパーのレジ後の
袋詰めテーブルで
待っていた3歳くらいの
女の子が
「ゆりかごの歌を
カナリヤが歌うよ
ねんねーこ
ねんねーこ
ねーんねこよ」
と、大きな声で
歌っているのです
可愛くって、微笑ましく
何とも言えない
幸せな気分になれました
彼女には、歌うな!
というもう一人の
自分がないのでしょう
と、思ってしまいます
実は、お母さんは
レジでニコニコほめているような
雰囲気でいい感じですが
近くで二人目の子を抱っこしている
お父さんは、少しずつ、少しずつ
その場から、じわじわと
離れていってました
女の子にはまったく恥ずかしさはなく
大きな声で歌えるのです
たぶん、弟か妹に
聞かせてあげているのでしょうね
色んな経験を何十年も積み重ねている
私たちはひとたび考えると
恥ずかしいやら、誰が見ているのだろうか?
などと、きりがありません
もちろん、できません
ただ、できるとすれば
それは、考えないで
やり切れたときです
先日も、帰省する娘と
道中、社内で話をしていたとき
突然、チャンスは
訪れます
末っ子の三男も乗っていたので
成人式の話題になりました
色んな話の展開で
「えー、マサオはそのお金も出してもらうん?
うちの時は、出してもらえんかった」
と言ったんです。
ここで、娘は何を言いたかった
と思います?
今さら、その分のお金を
頂戴、と言ってるんじゃないですよね
そうかといって、私の、要するに
父親の言い訳を聞きたい
わけでもないですよね
ただ、ひたすら
分かってほしい
だけです
「そうか、迷惑かけたな」
「ありがとう」
って
ところが、
言え、という自分と
言えない、という自分と
躊躇している間に
3秒が経ってしまった、そして
もう次の話題に変わってしまうわけです
あー、失敗した
また、言えんかった
これ、実は訓練しかないんです
自分を防御して
相手を喜ばすことに視点がないと
相手のこころを組む言葉が
すぐ出ません
常に、ニュートラルで
こころを、観る訓練を
していないと
できないです
言われて喜ぶ言葉は
用意された
素晴らしいものは要りません
とっさに出る
とっさにほとばしる
正直な言葉です
そこには、嫌みはありません
「ゆりかごの歌を…」
と歌っていた
女の子のように
なりたいものです